夏の日のミイ

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   ※     ※     ※  やがて進級し、クラス替えが行われると僕達は当然のように疎遠になった。武は中学校を迎える前に引っ越して、この町から姿を消した。両親が離婚して苗字が変わったという噂だったけど、今のようにスマホやSNSもない時代の事だけに、真偽を調べる方法も無かった。  僕も大学進学とともに上京し、生まれ育った故郷の町を出たけれど、勝仁は家業を継いで歯医者になったらしい。若先生と呼ばれ、年老いた父が病に倒れた後も、一人で立派に歯科医院を切り盛りしているそうだ。 「昔から頭も良かったし、向いてたんだろうね。生まれながらにあいつはどこか違ったし」 「そうなの? でもやっぱりどこか欠点があるのかもね」  久しぶりに帰省してきた息子を前に、自分から勝仁の話題を持ち出してきた癖に、母はそう言って鼻白んだ。 「どういう意味?」 「いつまでも独身のままだから、跡取りがいないのよ。若先生の代で歯医者が無くなったら困るって、みんな噂してるわ」  金もあり、容姿だって悪くないにも関わらず、いつまでも嫁を貰おうとしない。医院の経営を考えても、手伝ってくれる奥さんがいた方が助かるだろうに。  何かと思えば、近所の年寄り達の手前勝手なお節介だ。 「別にいいじゃんか。みんながみんな結婚する時代じゃないし、結婚したところで別れる夫婦だって多いんだ。変に縛られるより、気ままに遊んで暮らしたいっていうやつだっているだろう」  見た目も良く、育ちも良い勝仁は昔から女子人気が高かった。以前一度だけ、成人式の場で再会した事があるけれど、その時も振り袖姿の女の子達に囲まれてチヤホヤされていた。金もあり、相手に不自由しないからこそ、結婚などという安易な選択に及ばないのは用意に想像できる。 「そうかしら。でも、全然女っ気もないっていうのよ。近所の人が言うには、特に女の人が訪ねて来るような様子もないし、夜遊びに出掛けるような気配もないんですって」 「馬鹿馬鹿しい。いちいち見張ってんのかよ。えらい趣味だな」  一笑に伏した僕だったが、 「若先生の家には、年老いた猫しかいないって評判よ。もう一生あの猫と添い遂げるつもりなんだろうって言われてるんだから」  自慢げに言う母の言葉に、思わず凍り付いた。 「……猫? そんな年取った猫がいるの?」 「らしいわよ。いつからいるか知らないけど、まだ大先生が生きていた頃からいる猫らしいわ」  年老いたミイと勝仁が、人知れず寄り添いながら日々を送る――脳裏に浮かんだ想像を、僕は苦笑とともに振り払った。  あれからかれこれ三十年近く経つ。あの時拾ったミイという猫が、まだ生きているとは考え難い。いくらなんでも、別な猫に違いないだろう。
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