夏の日のミイ

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夏の日のミイ

 確か、小学校二年生の頃だったと思う。  僕達の住んでいた町は今よりもずっと活気にあふれていて、近所に住む子供達の数も今とは比較にならないぐらい多かった。学童保育のようなシステムもまだまだ普及しておらず、親が共働きであろうと三世代同居家族であろうと、下校時間になればみんな揃って家へ帰るのが普通だった。玄関にランドセルを放り投げると、草むらの中に錆びた遊具が置かれているだけの近所のこじんまりとした公園に我先にと集まった。  その時によって遠くの地区から遊びに来るやつや、誰かの兄弟やその友達が混ざったりする事もあったけれど、僕らの中で馴染みのメンバーと言えるのは僕と勝仁、それから武の三人だった。  勝仁の家は歯医者を経営していて、周囲では珍しい鉄筋コンクリート造の家に住んでいた。おもちゃ屋で売られているゲーム機の大半は揃っていて、新しいゲームのソフトだって誰よりも早く入手していた。何より遊びに行けば、歯医者の消毒っぽい匂いのするおばさんがちょっと酸味の強いオレンジジュースと一緒に見慣れない焼き菓子を出してくれた。思えば勝仁は、僕達に比べて品の良い洋服を着ていたようにも思える。  対照的なのは武で、彼は兄妹四人と両親とともに公営住宅の一室に暮らしていた。オセロに白と黒しかないように、彼は一日おきに黒と白のTシャツをかわるがわる着ていて、それが彼のトレードマークのように認識していたりもしたのだけれど、彼の家庭環境を表わしていたようにも思えて、思い返す度に複雑な気持ちになる。プリントされていた数世代前のヒーロー戦隊のロゴはすっかり擦り切れていたから、大方あれは上のお兄さんのお下がりだったんだろう。  僕の家はといえば当時建ったばかりのマンション住まいで、賃貸と持ち家、マンションと団地の違いすらつかない僕達にとっては、僕の家と武の家の違いなんて見た目の新しさと住んでいる階数ぐらいしかなかった。  子供の頃の僕達はそれぞれの家の経済状況なんて気に留める事もなく、いつも三人で遊んでいた。新しいゲームを貸してくれるのは勝仁だったし、僕達の知らない遊びをどこかから仕入れて来てくれるのは武だった。毎日は新鮮で、刺激的なものだった。  彼女が現れたのは、そんなある日の事だ。 「ねぇ、お願いがあるんだけど、聞いてくれない?」  朽ちかけたベンチで頭を突き合せるようにして、携帯ゲーム機の画面をのぞき込んでいた僕達はいつの間にか現れた少女の姿に驚いた。 「探している物があるの」  初めて見る、知らない少女だった。陽の光に照らされた髪は外人みたいに赤茶けていて、僕達に向けられた目は綺麗なはしばみ色だった。グレーのワンピースから伸びる手足は、太陽の下に存在するのが不思議に思えるぐらい白かった。
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