満天下のブラックアウト

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満天下のブラックアウト

 午前2時、学校の屋上で(ひいらぎ)は煙草を吸いながら満天の空を見ていた。  午後7時からこの街全てが停電した。『ブラックアウト』が起きたこの街には、星の自然光がかすかにあるだけだった。人工光の影響で見れなかった美しい星を好きな場所で見れることが何よりも嬉しかった。  僕は新しい煙草を取り出して火をつけた。満天の星空の下で吸う煙草は格別に美味かった。邪魔されずに星見の宴とはとても心地の良いものだ。 ガチャ 「……煙草、やめたら?」  屋上の扉の前には、懐中電灯を持った僕の友達卯月(うづき)が立っていた。 ――なんで卯月がここに?  僕は少し戸惑った。まさか目の前に現れるとは思っていなかったから。 「生徒会長様がこんなに堂々と校則を破るなんて……呆れるよ。」  卯月は屋上の扉を閉めて僕の隣に来た。 「お前が悪いんだよ、僕のせいにするなよ。」 「……度胸試しさ。どれくらい真面目なのかっていうね。」  卯月はワイシャツのポケットから煙草を取り出してくわえた。そして、僕に向かって手を出した。 「ライター貸して。」 「珍しいな、忘れるなんて。」  卯月はサッと火をつけてライターを返してくれた。  ふーっと煙を吐く音だけが2人の耳に入った。  どちらも一言も喋らなかった。ただ煙草が燃えて時間が経っていくだけだった。何度も灰が零れ落ちた。まるで、  崩れるかのように。 「ニコチンは、依存性の高い物質らしい。僕の友達のよっちゃんから聞いたんだ。僕、初耳でさ。卯月は知ってたか?」  絞り出した言葉がこれだった。なんとも変な話だろう。ニコチンとか煙草の成分などに興味がなく初めて知ったことを報告するかのように言った。 「今更かよ。」 ――あぁ、今更だよ。  続けられるような会話も、すぐそこまで来てる対話も口があこうとせず言いきれなかった。続けたいけど、続ける度に感じる現実は、涙腺を棘のようにチクチクと刺す。意識しないと、涙が零れ落ちる。 「柊、煙草を吸わなきゃ良かったのに。俺もお前も馬鹿だな。」 「」 「俺に似た会長なんて、お呼びでないよ。」 「……、」  この空間の重さに耐えきれず煙草をくわえたままその場に座り込んだ。胸が張り裂けそうだ、涙が零れ落ちそうだ、頭が強く締め付けられる。 「……卯月、お前は僕の大切な友達だったよ。虐待されてた僕を、いじめられてた僕を、救ってくれたのはいつもお前だった。」  煙草が燃えて、燃えて、灰とかしていく。 「……どうして、僕なんか庇って、死んじゃうんだよ。」  涙が零れ落ちる。滝のように出てくる涙と後悔、自分に向けての殺意と嫌悪感。そして、卯月への罪悪感。もう戻らないのに、いくら泣いたって無駄なのに、涙は止まらない。 「……俺の事を忘れろって事じゃないんだ。俺は、お前の真面目で優柔不断で少し天然で俺とはそんな似てないお前がいいんだよ。」 「……。」 「気づいているなら、終わりにしよう。」 「だから、次の1本で終わりにしよう。」 ――終わりなんて、嫌だよ。  卯月の言葉は、僕をいじめた机の落書き文字よりも虐待されて吐かれた暴言よりも、深く優しく抉るように胸に刺さった。  煙草の灰の塊は、風と涙に靡いてパラパラと散る。僅かに灰から温もりが点々と感じたり、感じなかったり。 「ほら、最期の1本。」  手渡された煙草を受け取って、立ち上がった。そして口にくわえて火をつける。 「つけるから、最期に。」  卯月の口に加えられた煙草に火をつけた。  「Thank you」 とだけ卯月は言った。  煙を吐けば吐くほど、煙草をひと口吸う事に卯月の匂いや言葉が僕から出ていった。火を付けた煙草は吸わずとも灰と化す。 「……じゃあな、卯月。」  最後の一口を吸った。  吐き出す瞬間に、卯月が喋った。 「……勝手な勘違いすんなや、柊。」  息を吐いた頃には卯月の姿がなかった。  目をやると僕の煙草は、燃えておらず、燃えていたのは、卯月の煙草だけだった。
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