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『俺』への『答え』
8月5日、その日は『俺』の誕生日前日だった。目が覚めたのは、病室だった。
ベッドの横には、顔を真っ赤にして泣く母と妹、そして2人をなだめる父の姿があった。
「……母さん、父さん、皐月。」
俺の声に反応した3人は泣きながら抱きついてきた。妹は胸元にぎゅっと、母は俺と妹を抱くように、父は3人を優しく包み込むように。
「心配したのよ。良かった、一翔が目覚めなかったら、どうしようかと….。」
「一兄心配したんだよ。一兄の馬鹿!」
母と妹は俺を心配しながら馬鹿とか阿呆とか軽く罵った。父は男泣きしながらその様子をただじっくりと見ていた。
――あれ?
「……瀬雪は?」
その言葉を聞いた母と父の涙は数秒と経たないうちに枯れ乾いた。とても言い渋っていた。
――もしかして……。
そんな不安が両親の顔を見て、ゆっくりとずしりと積もっていった。
「今日の面会お時間は終了です。」
空気のとても読めるのか、両親にとって都合のいいタイミングで看護師が面会終了を告げた。母達は逃げるかのようにそそくさと病室を出ようとした。
「ごめんね、一翔。また明日来るからね。」
そう言って帰って行った。
コンコンコン
ノックの後病室の扉が開いた。入ってきたのは、背の高い凛とした顔立ちの高校生くらいの青年だった。手には黄色の半透明なファイルとディアスキアを持っていた。
「こんにちは、初めまして、一翔くん。」
「えっと、どなたですか?」
「僕は、卯月悠瀬と言います。君の友達の瀬雪の兄です。」
目の前に現れたのは、瀬雪のお兄ちゃんだった。悠瀬さんは花瓶に所持したディアスキアを生けてベット横の椅子に座った。
「僕の私情で家族みんなで引っ越すんだ。その前にこれを渡そうと思ってね。」
そう言って俺に黄色いファイルを手渡した。髪が数枚入っているのだけわかった。
「これは、なんですか?」
「今の君が欲しい『言葉』かな?君には最後にお願いがあるんだ。聞いてくれないかい?」
真剣な顔だった。真剣かつ切なさと微かな殺意を纏った彼の目は俺の心臓を燃やすかのように熱くした。
「……聞きます、なんだって。」
俺に拒否権はない、何故かそう感じた。
「君は何も悪くない。だから、せめて無駄にしないでくれ。そして、少しずつでいいから、前に進むんだ。」
じわじわと湧き出てくるこの感情はなんだ?悠瀬くんが涙声で話す姿に罪悪感と後悔、何かに対しての負の想いが霧の奥底から出てきたように感じたんだ。
息が少しずつズレていく。心臓が自分のものではないように、1mmと少しずつ。
悠瀬くんは椅子をたち、病室から立ち去ろうと扉を開けた。
「悠瀬くん、ごめんなさい。」
――言わなきゃ。
悠瀬くんは足を止めて、立ち止まった。だが、振り返ることはなかった。
「じゃあね、一翔くん。」
悠瀬くんは病室を後にした。
俺は戸惑いながらも、黄色いファイルに手を伸ばした。試しに1枚、手に取ると、見たくなかった『予想』が紙に形を残していた。
俺は涙を滝のように流しながら、小さくうずくまり声を殺して泣いた。
【心臓提供:柊 瀬雪 移植先:卯月 一翔】
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