はぐれ農家は片田舎で世界を憂う

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 数日後。  変わって、ここはミデカー村。  王都からはるか西へと行った片田舎だ。畑と牧場しかないこの村では過疎化が進んでいて、人の数よりも牛の数の方が多くなっている。 「マルさん。これで全部ですよ」 「ああ。いつも荷積みまで手伝ってもらってすまないな」  ザウルの家の前には荷馬車が止まっている。荷台には大量の野菜や卵、肉などが乗っかっていた。  マルと呼ばれた行商の男はその名の通り丸々と太っていた。だが根の優しそうな人相をしている。マルとザウルが余程気の知れた仲であることは、誰が見ても分かる事であろう。 「どうってことないですよ」 「お前も大変だろ。リーザレフとラジェードが大抜擢されて旅立って、こんな田舎にとうとう一人きり……親父さんが生きててくれればな」 「そんなことないですよ。マルさんみたいに、こうして俺の育てた野菜や肉を届けるために色々な人が来てくれてますしね」 「何ができるって訳じゃないが、困った時には相談くらいには乗るからな。頼ってくれよ」 「ありがと、マルさん」  ザウルはマル達の行商の列が見えなくなるまでじっと見ていた。そうしないと、寂しさを堪えられない様な気がしたからだ。  この辺りはザウルの家とすぐ隣にリーザレフの家があるばかりで人はいない。どちらも両親を亡くしてしまっているので、この近所には実質ザウルしかいなくなってしまったのだ。  ラジェードの家はもう少しだけ町よりのところにあるが、そこだってここと状況が劇的に変わるわけではない。  商隊を見送った後、ザウルはリーザレフの家の掃除を始めた。とは言っても窓を開けて風を入れ、ほこりを履く程度の簡単なものだ。頼まれた訳ではないが、ほこりまみれの家に帰ってきてほしくないという思いで毎日続けている。本当はもっと隅々まで綺麗にしてやりたいが、ザウルには時間がない。仕事は山積みな上、人手がなさ過ぎるからだ。  掃除を終え、畑と動物たちの世話をする。気が付けばもうとっぷり日が暮れていた。  野良仕事や力仕事なら大抵の事はこなせる自信はあるが、料理となると勝手が分からない。いつもならリーザレフが頃合いよく支度をして待っていてくれるのに、こうなってしまってはくたびれた体に鞭を打って慣れない包丁を持つ他ない。 「んー。やっぱりアイツみたいな味にならないなぁ」  食卓の皿に盛られたシチューのようなものを啜りながら、ザウルは呟いた。傍らには新聞が置いてあり、見出しには勇者一行の旅路が順調であること。各地で魔物を次々と討伐し成果を上げている事などが大々的に報じられている。 「かつてのどの勇者パーティよりも強く勇ましい…か。もう寝よう、明日も早いんだ」  夕食も早々に切り上げると、湯を沸かす手間を惜しんで水を被って一日の汗を流す。  部屋の火を消して寝床に横になり、窓から外を見た。  一段と輝く星空が見える。この間王都の夜空を見て帰ってきたザウルには星々の美しさは目に入らず、それよりも周りに星以外の何の明かりもないことが悲しくなった。余計に自分の故郷が田舎臭く見えてしまったからだ。  ラジェードの家は何故農家をしているのか分からないほど、元々の由緒が正しい家だ。歴代の優秀な戦士や騎士の名前を挙げだしたら枚挙に暇がない。ラジェードの血筋と才能は誰しもが認めることだ。勇者として選ばれ、魔王討伐を任命されたというのは同じく幼馴染として心配だが、それは強さを憂いての事ではない。  むしろ、ザウルが気が気でないのはリーザレフの方だった。  畑仕事をしているせいで、町娘に比べれば体力はあるだろうが、それでも強力な魔物にしてみれば大した差じゃない。裁縫や料理、詩を書いたりする才能はあってもそれが魔王との戦いに役立つところは想像できない。  ただ、神のきまぐれな祝福を受け、聖女として祀り上げられた。  それを除けば、どこにでもいるような普通の女の子だった。 「リーザレフ…無茶するなよ」  ザウルはリーザレフと明日の仕事の手順を考えながら、眠りについたのだった。
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