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それから、およそ一年後。
勇者一行が見事に魔王を討伐し、無事に王都に帰還したという話は、風に乗ってミデカー村のザウルの元にまで届いていた。
もちろん喜ばしい事であったが、ザウルには手放しで喜ぶ時間がなかった。勇者たちの帰還で王都は予想外のお祭り騒ぎになってしまったからだ。酒は湯水のように飲まれ、それに伴って宮殿でも酒場でも一市民の家ででも連日のようにご馳走が作られており、食料を今まで以上に王都に送らなければならなくなっていたのだ。
「お前は行かないのか、勇者一行の凱旋パレード」
「ああ。とてもじゃないけど行けないや。やることいっぱいあるし、それに…最近作物を荒らす魔物が増えてきたような気がしてさ。離れられない」
「魔王は勇者様に滅ぼされたって言うのに、どうしてだろうな」
「さあね」
ザウルは肩を竦めて、残りの荷を馬車へと積んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ところ変わって。
ここは王都アリナミドの王宮。
帰還した勇者たちが貴賓室で、王との接見を待っていた。
他の連中が浮かれ気分で、酒や料理を楽しんでいる最中、勇者はじっと窓の外を見ていた。その顔は険しく、とても魔王を倒し安堵している様には見えなかった。
「勇者様」
「…リーザレフ」
「浮かない顔をされてますね」
「ああ。どうも引っかかる心配事が二つあってね」
「二つ?」
ラジェードは念のために周りに気を配ってから、リーザレフにしか聞こえない声で自分の胸の内を吐露し始めた。
「一つは魔王の事さ。確かに僕の剣には魔王を貫いた感触が伝わって来た。奴が君の祈りによって封じ込められる様も見た…けれど、どうにも納得できないんだ」
「実は私も…辛勝しておいて言うのも変だけど、あっけなさ過ぎるような気がしてて」
「ああ。僕も妙な胸騒ぎがする」
「「…」」
二人は沈黙した。けれど何の確証もないことだった。
リーザレフは勇者の気掛かりのもう一つを尋ねることにした。
「それで? もう一つの心配事は?」
「…ザウル君の事だ」
「え?」
その声に反応するかのようにラジェードは、ここで初めてリーザレフの顔をしっかりと見つめた。
「魔王討伐の旅の間、何度も話をしたけれどもう一度言うよ。彼の事は諦めてくれはしないか?」
「それ、は」
リーザレフはたじろいだ。焦っているのか、手足がまるで定まっていない。そしてラジェードは追い打ちをかけるように言葉を続けてきた。
「僕は君の事もザウル君のことも同じくらい大切に思っている。諍い合いにはなりたくない…けれども男女の事だ。好きという気持ちに嘘は付けない」
「勇者様…」
「そんな堅苦しい呼び方はいいよ、またラジェードって呼んでもらいたい…僕は正直な気持ちを君に伝えた。だからもう一度、君も考えてみてくれ」
「…はい」
「すまない。今すべき話じゃなかったな。一先ずは久しぶりの帰郷と皆の歓迎を有難く受けよう」
それで二人の秘密の会話は終わった。
ラジェードはすぐに料理を皿に取って他のメンバーの輪に交ざっていったが、リーザレフはしばらくその場に佇んで、ぼんやりと窓の外の景色を見ていた。
それからもう少し時間が経つと、ようやく接見の支度が整ったようで勇者一行が王の間に呼ばれた。中には各大臣、名だたる貴族、上級騎士たちが恭しく控えていた。その荘厳な雰囲気に、勇者たちも緊張と高揚感が込み上げてきていた。
だが、それは長続きしなかった。
王から直々の勲章を授与されている最中、王都全体を不穏な魔力の気配が支配したのである。魔法に聡い者たちはすぐにざわついた。
「なんだ、この魔力は!?」
その中にあって、勇者パーティたちだけがいち早く魔力の正体に気が付く。忘れようとしても忘れることなどできない。この魔力の持ち主は、それほどまで記憶に焼き付いている。
「お、おい、勇者。この気配って…まさか」
「魔王の魔力だ…」
ラジェードが呟いた刹那、王の間の扉が乱暴に開かれた。かつてこれほどまで横暴にこの扉が開かれることはなかったはずだ。
「ほ、報告いたしますっ!」
「何事であるか。陛下と勇者様の謁見の最中であるぞっ」
そう言って駆けこんできた下級兵の顔は蒼白であった。それだけで良い知らせでない事は、その場の全員が理解した。
「国境警備隊及びその伝書魔導士からの急報でありますっ! リアトレイ地区を中心にその周辺において夥しい数の魔物の群れが突如現れたとの事! 魔物たちは一団となりこの王都を目指して進行中。率いているのは…魔王タムグウェイである、と」
「馬鹿な。魔王は確かにオレ達が討伐したはずだぞ」
「そうよ。リーザレフが封印だってしたはずなのに」
「今はそんなことどうでもいい。リアトレイ地区の人たちの避難状況は?」
リアトレイ地区、という単語にラジェードとリーザレフは嫌な予感を感じていた。そしてそれは的中する。
「それが幸いにも、ミデカー村辺りとの事で、畑や牧場はありますが住民はほとんどおりません」
「ミデカー村だって!?」
「勇者様っ!! ザウルが…!」
◇◆◇◆◇◆
村の外れでは、ザウルが商隊に協力を要請して避難勧告を出していた。
「ザ、ザウルぅ…」
傍にいたマルは大きな図体に似合わず、今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かザウルの名を呼んだ。
それを安心させようと、ザウルはいつものように朗らかに笑って見せた。
「大丈夫ですよ。マルさんたちと商隊の皆さんはこのまま避難しつつ、街道沿いの町村にこの事を知らせてください」
「お前はどうするんだ?」
「ここに残ります」
「そ、そんな無茶な」
「もうすぐ収穫時期の作物もあるし、牧場には動物たちが残っています。国王軍の騎士も応戦に向かっていると警備隊から聞きましたから、心配いりません」
「…」
「また美味しい野菜を作って待ってますから。では、気をつけて」
商隊を走らせると、ザウルは振り返り魔王の魔力が感じ取れる方角をキッと睨みつけた。
麦わら帽の紐をもう一度固く締め直すと、ふうっと一つだけを息を吐く。
ザウルは鍬と鍬を肩に担ぎ、再び自分の村に向かって走って行った。
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