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森に魔物が潜んでいるかも知れないと、勇者たちは警戒しつつも全力で森を抜けた。
先頭に立つラジェードとリーザレフにとっては自分たちの庭のようなものだ。道がなくとも大体の地形はわかった。
森を抜けた先に、騎士団が固まっているのを目視した。先発した王宮騎士団だ。万が一の可能性にかけて軍事交渉を行おうと、騎士団に同行していた国王と大臣の姿も確認できた。少なくとも命を奪われる事態になっていない事に安心した。
「国王様、ラジェード一行到着いたしました! 戦況はどのような…」
勇者たちはすぐに国王に駆け寄り、戦況を確認しつつ、防衛線を張ろうとした。
だが、あまりにも驚くべき光景を目の当たりにして、全員が全員ともその場に固まって言葉を失ってしまった。
「なんだこれは…?」
ミデカー村へと続く原野や牧草地には、無数の魔物の亡骸が死屍累々と転がっていた。
正しく戦場と飛ぶに相応しい光景であるが、王宮側の騎士たちは死人はおろか怪我人さえ出ていない。その上、皆で呆けたようにただ突っ立っているばかりである。
そして国王軍たちが皆で一様に、同じ方向を見ている事に気が付いた。
勇者たちが目をやると、正真正銘の魔王が恐ろしい形相を浮かべこちらに向かってきている。
「見て」
「魔王っ…!」
ラジェードを先頭に全員が武器を構え、迎撃態勢を取った。
しかし、魔王と衝突することはなかった。
すでに魔王は別の者と戦っている最中だったのだ。
「行かせるかぁっ!」
「ぬぉぉぉ!!!」
魔王は勇者たちを苦しめた、魔王だけが使える黒炎の火球を放った。紛れもなく魔王のとっておきの魔法だったのだが、その奥義を使ったのではなく、焦りから使わされたという事に衝撃を受けたのは勇者のパーティだけだった。
けれども勇者たちは更に驚く。
その黒炎の火球を風船を割るかのようにいとも容易く打ち消して、なお魔王に飛び掛かる男がいたからだ。
「な、何なのだ貴様は!?」
息を切らせながら、心底焦った顔の魔王がそんな事を尋ねる姿は、かつての魔王城で会った時のそれと比べると、あり得ない程に滑稽だ。
男は農作業用の鍬をまるで槍のように構えて名乗りを上げた。
「ミデカー村のザウルだ」
◆
結局、遅れてきた勇者たちも先に来ていた国王軍と同様に言葉を失い、ただザウルと魔王の闘いの様子を傍観するしかできなかった。
その内に国王が寝惚けた様な声で近くにいたラジェードに尋ねてきた。
「…勇者よ。あれは本当に魔王なのか」
「…はい。確かに魔王です」
「その魔王が、まるで子ども扱いではないか…」
事実、魔王はまるで手も足も出ていない。だが漂ってくる魔力の大きさは、勇者たちの予想通り、魔王城で戦った時よりもはるかに大きく強くなっている。ただ、それが霞んで見える程ザウルの潜在している力の威圧の方が上だ。
「ま、ザウル君ならば当然でしょうな」
誰もが理解が追い付いていない中、大臣だけがさも当然である、というような態度でそんな事を言い出した。
それには国王もかつて誰にも見せたことのないような顔で反論した。
「だ、大臣よ。貴様、あの者の実力を知っておったのか!?」
「勿論でございます」
「そ、そ、それではなぜ、あれ程の実力のある者を始めから魔王討伐に行かせんのだっ!?」
国王の尤もすぎる意見に、大臣は激昂して言い返す。
「陛下! お言葉ですが、無理を言わないでくださいませっ! 我が国の農作物と畜産物の自給率の実に95%は彼の強靭かつ底なしの体力、卓越した生命魔術による自然管理能力、動植物の品種改良を実現できる知識と発想、家畜や作物を狙う害獣や魔物を撃退できる戦闘スキルとによって賄われているのですよっ。魔王討伐という名分があるとは言え、彼にこの国を出て行かれてしまっては、我がアリナミド三百余万の民は三月も経たぬうちに飢え死にしてしまいます!」
鬼気迫る物言いに、国王はおろか勇者たちも騎士たちも圧倒されてしまった。
「な、なぜ…そこまで農産に人手がない? 由々しき事態ではないか」
「第一次産業の人手不足については、再三にわたって申し上げていたではないですか。それなのに陛下と来たら、魔王討伐に執着するあまり武芸魔導の人材育成ばかりにご執心され、他の方面においては満足な予算をくださらないばかりか、挙句の果てに貴重な人材すら奪っていったではないですか」
「…だって、どうしても魔王討伐したかったんだもん」
国王はしょんぼりと小さくなってしまった。
それを尻目に大臣は鼻高々にザウルの方を見て言った。
「しかし彼をここから離すことが出来ぬのに、魔王の方からやってきてくれるとは…願ったり叶ったりとはこの事ですなぁ!」
もはや追い詰められた魔王は『凶暴化』という古の魔法を使った。
「おのれぇぇぇぇ!!!」
ラジェードも禁じ手として使う魔法なので、その性質は嫌というほど理解している。『凶暴化』は術者の全ステータスを倍にする一方で、身体組織を急激に蝕みやがて命を落とす古代魔法だ。ラジェードさえ、あらゆる魔法効果を一旦帳消しにできるリーザレフが傍にいたからこそ、奥の手として使う事が出来た魔法だった。
魔王にもデメリットを軽減する術があるのかどうかは知らないが、これ以上打つ手が無くなり賭けに出たということだけは分かった。
魔王の捨て身の攻撃がザウルを襲う。
しかしザウルはそれを避けることもなく、むしろ跳躍して迎え撃った。ザウルの鍬での一撃は魔法を切り裂き、魔王の胸に見事に決まったのである。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ」
「あ、魔王やられた」
こうして世界に平和が訪れた。
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