第一章 大人の手に抱かれる

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 美術室がひんやりとするのは気のせいではないらしい。絵を描く時、影の角度を変える光を入れないよう、学校の中で唯一窓が北側にあるという。     独特の油の匂いに、天ヶ瀬(あまがせ)結都(ゆいと)は、くん、と鼻を鳴らした。 「天ヶ瀬、テレピンのにおい、初めて?」  画板を抱えた真原(まはら)に声を掛けられ、結都はこくり、と頷く。 「くせーだろ。油絵に使う画溶液のにおい」  大げさに眉を顰めながら、真原はにしし、と笑い「よいしょ」と 三脚型イーゼルを立て「あれが油絵」と、棚の上に並ぶキャンバスを指差した。 「!」  ガラス瓶と赤いリンゴ、塀の上を歩く黒猫、紐がほどけた青い靴。  色しかない、不思議な絵もある。  白い石膏の胸像を女子二人が抱え、美術室の中央に置いた。 「今日は軍神マルスか」  じゃあ、ここがいいや、と真原が呟き、イーゼルを置いて、画板を立てかけた。その上に画用紙をのせ、目玉クリップで四隅を止め腰を下ろす。 (どこがいいとか、あるんだ)  結都は真原に習って、隣にイーゼルを立てた。  ジリリリ、と授業開始のベルがなる。
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