第一章 大人の手に抱かれる

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 マルス像より彫りの深い顔立ちの美術教師、砂宮(すなみや)(そう)の、灰色がかった目とぶつかる。砂宮の雄々しい眉は顰められ、額に縦じわをつくり、つかまれた手の強さに結都はざあっと血の気がひいた。  砂宮は骨張った長い指で、結都から木炭を取り上げ、くるりと回し、芯の断面を結都に見せた。 「木炭の芯は紙の喰いつきが悪い。だからまず、芯を抜く」  百九十はある高い背を屈め、砂宮は結都の足元の道具箱から『しんぬき』と書かれた袋を手に取った。銀色の長い針金を選び、木炭の中心に差し込んでゆく。  針金が中を貫通し、ざり、ざり、と砂宮の指が数回擦ると、中から黒い粉が飛び散り、結都の白い上履きと砂宮の青いスリッパを汚した。  カッターナイフで木炭の先を削り、大きな口を窄めて先端を咥え、フ、と息を吹き入れ、黒い粉を出し切る。砂宮の赤い唇に黒い煤が付着し、それが鮮やかで、艶めかしくて、結都の心臓は大きく脈を打つ。  砂宮の親指の腹で唇を拭う姿、筋張った大きな手、長い指、逞しい腕の筋肉に、結都は見惚れた。  砂宮は結都の縮こまった指を一本ずつ開き、尖った木炭を握らせながら囁く。 「木炭は親指と人差し指で長く持て。──指揮者のタクトのように」
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