第一章 大人の手に抱かれる

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 指揮者、といわれて、どきりとする。 (もしかして僕の父のこと知ってる……?)  いわれた通りに木炭を持ち直し、こわごわ木炭紙に腕を伸ばす。  だが、やはりどこから描けば正解なのか、最初の着地点が分からない。 「そこからか」  辛辣の言葉が胸に刺さる。震える結都の手の甲に砂宮の大きな手がかぶさり、木炭紙の天の方へと、ぐっ、と腕ごと持ち上げられた。 「!」 強張っていた結都の背筋が真っ直ぐに伸び、のどにヒュッと風が入る。  最高地点に木炭の先がトン、と着地して、ほっとしたのもつかの間、今度は真下までジェットコースターのように一気に振り下ろされ、結都は心の中で悲鳴を上げた。  描くというより、ビリビリと紙を切り裂く衝撃。白の世界に、縦一直線の真っ黒なヒビが刻まれる。 「線は重ねず、大きく太く描け。粒子を紙にのせて、遠く、近く、影に刷り込み、光には刷り込まない」  頷く間もなく再び最高点から一気に落下、手を強くつかまれたまま何度も起伏を繰り返し、右、左、と揺さぶられ、砂宮のベルトの金具がカチャ、カチャ、と結都の肩甲骨にあたる。 (……!) 顔を真っ赤にしながら、結都の心拍もどんどん跳ね上がってゆく。  マルスの形が出来ると、激しい揺れから一転、結都の手をつかむ力は、緩やかになり、柔らかく、まるでワルツを踊るかのように滑らかに、優しくリードされる。 (……っ)  胸郭にひいた線を砂宮にうながされ、一緒に甘やかに擦る。  マルスの胸筋が逞しくふくらみ、結都の白い頬に、さらにかあっと赤みが濃くなる。    マルスの胸の中央を木炭で印をつけ、指先で下から上、上から下、と砂宮は撫でつけた。  陰影をつけた乳首を尖らせ、白く光らせる。 「……!」  普段意識したことのない結都の胸の中心が、シャツの下でぷくり、と尖った。  両腿が震える。  砂宮と一緒に、神の裸体を愛撫している、そんな錯覚に眩暈がした。  
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