第一章 大人の手に抱かれる

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「真原、目、螺旋が見えてない」  砂宮の声に、はっとする。  結都の手をつかんだまま、砂宮は真横の真原のイーゼルに腕を伸ばし、結都の腰が浮く。  砂宮は、真原の描いた真っ黒マルスの大胸筋にさらに線を入れ、擦って乳首を黒鉄のように尖らせる。 「!」 黒いマルスにギロリと睨まれた気がして、恥ずかしくて、ごめんなさい、と結都は涙目になった。 「すげ……」  真原の洩らした声がいやらしい意味じゃないとは分かっていても、結都の唇はわななき、恥ずかしさで、ぽろり、と涙を零してしまった。  砂宮は何も言わず、結都から手を離した。  ようやく解放された指先は、震えが止まらず、祈るように両手で押さえ、握りしめた。  鳴り続ける鼓動に身体をふらつかせながら、砂宮に頭を下げよろよろと自分の椅子に座りうずくまる。 「霜緒、筋肉の流れ」 「大枝、重心」 「橋元、陰影」  迷いなく的確に、砂宮は生徒達のマルスに向かって指示をする。恐ろしく響く、凛とした声。 「……!」  砂宮の言葉で生徒達のマルスは生き生きと歌い出し、オペラが美術室に響き渡る。  結都には、聴こえるのだ。 (どうして) (音のない世界に、行きたかったのに)  結都は再び顔を落とし、赤くなった耳をそっと塞いだ。
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