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職員室の中に入ると、ジャージ服の教師がコーヒーを飲みながら欠伸し、女性教師が静かにコピーをとっていた。
担任の西井が結都に気づき、採点していた手を止め顔を上げる。
「やあ、天ケ瀬君。今日で三日目だけど学校、どうですか。慣れましたか?」
こく、と頷き文字を打ちスマホを見せると、西井は眼鏡のブリッジを押さえながら、しゃがれ声で読み上げた。
「『みんなとても親切です』そりゃあよかった。『スマホの許可ありがとうございます』ああ、今の子は紙よりこっちの方が楽ですよって、あそこにいる羽磨先生にいわれてね」
コピーを取る羽磨に、手を振られる。
「天ケ瀬君は失声症だって前の学校から聞いているけど間違いない? いや、昼休みに砂宮先生が来て、君のことを教えて欲しいって。お母さんが先月亡くなられて、お父さんの住むM区に越して来たんですよって話したんだけど、よかったかな」
(僕のことを教えて欲しい……)
(砂宮先生、やっぱり困ってたんだ)
震える指先で文字を打つ。
「『砂宮先生、怒ってませんでしたか』ああ、砂宮先生、ちょっと怒ってるように見えるよね。あれだけの美形だと眉顰めるだけで迫力満点。『美大進学クラスなのに絵のことや道具のこと何も知らないで入ってしまったので』ん? そんな感じではなかったけど、君のことを話したら、分かりましたって」
(分かりました、か……)
初心者すぎる自分は、砂宮先生や皆に迷惑かけてしまっている。
「『砂宮先生にいろいろ聞いても失礼ではないでしょうか』いいんじゃない、砂宮先生なら学校が閉まるまで、毎日絵、描いてるよ。美術方面目指してるの? 頑張って」
頭を下げ職員室を出た。
(少しでも絵の描き方覚えなきゃ、あのクラスにいたいなら)
「西井先生、さっきの生徒の父親が『あの』天ヶ瀬賢だってこと、まさかご存じないんですか?」
羽磨が嘘でしょ、と目を丸くする。
「校長先生もそんな風にいってたけど、あの子の父親ってそんなに有名人なの?」
「ひえー、西井先生マジですか」
コーヒーのなくなった紙コップを齧りながら、大枝が羽磨と目を合わせ肩を竦ませた。
「スポーツ馬鹿の俺でも知ってますよ。今はフランスの有名なオケの指揮者に抜擢されて、連日大絶賛。その上、日本人の男の美を集めたいつまでも若くてスレンダーな美しい容姿だって、そっちの方でもトレンド入り常連」
スマホで検索し、大枝は天ヶ瀬賢のタクトを振る黒い燕尾服姿の画像を西井に向けた。
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