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その4
よりによって、あのトイレだ。
勘弁してくれ。
鏡には俺の青い顔が写っていたに違いない。実際には鏡を見る余裕なんかなかった。
トイレの中には、遠山君以外に2人の不良がいた。
不良はトイレが好きなんだろうか。
いや、違う。人目に触れない場所でしか、できないことをするために、トイレを使ってるんだ。
例えば…。
「あのさあ。」
遠山君が振り返った。表情からは何も分からない。
俺は、つばを飲み込んで黙っていた。
「フナちゃん、まだパンク好き?」
思いがけないひと言。
どうやら、良くない方向の話ではないみたいだ。
「ああ、うん。」
「そうか。」
不良の一人がトイレの窓を開けて、外に向かってタンを吐いた。ここは2階だけど、そんなのお構いなしだ。
「“ズギューン!”知ってる?好き?」
「もちろん。」
遠山君はその言葉に安心したように、尻のポケットから財布を取り出した。
「今夜のライヴの券、買ってよ。」
ユウジが去年、彼らのライヴに行って「すげー良かった」と興奮していたのを思い出した。
年に1回くらいは、俺らの地方もツアーに来てるみたいだとは聞いてたけど。
まさか、今夜だったとは。
「行く予定だったんだけどさ、ちょっと都合が悪くなってさ。買ってくれると、ありがたいんだよ。」
金銭のやり取りを教室や廊下ではできないから、トイレか。そういうことか。
「もちろん定価でいいからさ。」
コンピューターチケットには2,000円と書いてあった。2枚あるから、4,000円か。
4,000円なら持ってる。
「他に誘えるやつ、いる?できたら2枚で買って欲しいんだけど。」
今から“ズギューン!”のライヴに誘って、即決で「行く!」というやつは、一人だけ知っている。
俺は迷わず、腰の財布に手を伸ばした。
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