図書室とピアノと

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図書室とピアノと

キーンコーン、カーンコーン…。 キーンコーン、カーンコーン…。 放課後のチャイムが鳴り響く中、 私は、図書室に居た。 閉められたカーテンの部屋は薄暗く、 そして静かだ。 本特有の匂いと、 ほのかに香る、花の香り。 誰かが生けたその花は、 静かに、 誰かを待っている様に見えた。 私はゆっくりと、 静かに窓を開けた。 ガラガラガラ…カタン。 建てつけの悪い窓は、 無情にも、音をたてながら(ひら)いた。 (はぁ…。) 「相変わらず、 建てつけの悪い窓…。」 私はため息をつきながらも、 ()いた窓に愚痴をこぼした。 開いた窓からは風が入り、 ゆっくりと白いカーテンを揺らした。 ゆらゆらとカーテンを揺らした風は、 本のページをパラパラとめくり、 小さく輝くホコリ達を、 外へと導いて行く。 私はその、何とも言えない光景が、 時間が、とても大好きだ。 ガラガラガラ…。 引き戸が開く音がした。 「ヤッホー、早川葵(はやかわあおい)さん。」 そう弾んだ声に呼ばれて、 私は、声の方へと振り向いた。 「何だ、(すず)かぁ〜。 私をフルネームで呼ぶから、 誰かと思ったよ。」 私は鈴から目を離し、 揺れるカーテンを見た。 「何、なに? 何見てんの?」 そう言いながら、 私の顔を覗き込む彼女の名前は、 幼馴染みの、入江鈴(いりえすず)だ。 可愛くて、頭が良い。 私とは大違いだ。 自己紹介が遅れた私の名前は、 早川葵(はやかわあおい)。 本を読む事が大好きな高校2年生だ。 成績は、中の下?くらいかな。 美人でもなれけば、可愛くもない。 私はカーテンから目を離し、 積み上げられた本を手に取った。 「何でもないよ。 ただボーッと、 カーテンを見てただけ。」 そう返事を返した私は、 パラパラと本をめくった。 「ボーッと?」 鈴は、少し笑みを浮かべながら、 私の顔を覗き込んできた。 私は、鈴の行動を不思議に思った。 「えっ、なに?」 鈴は、言葉をにごすように言った。 「本当の事言ったら?」 「えっ、なに?本当の事って?」 私は、鈴の言っている言葉の意味が、 全くわからなかった。 「今、外に居た男子見てなかった?」 鈴は、窓の外を指さして言った。 「男子?見てないけど。」 「え〜っ。ホントに?」 「うん。 ホントに、見てないよ。 窓の外、誰か居たの?」 私は、窓の外をチラ見た。 「うん、居たよ。」 「だれ?」 「隣のクラスの、常盤塁(ときわるい)君。」 「常盤君? あのピアノ上手(うま)い人?」 私は、ピアノを弾く常盤君が、 『凄い人』だと認識していた。 ー それは高1の、 合唱コンクールでの出来事だった。 順次歌うクラスの課題曲を、 私はパンフレット片手に聴いていた。 そして、次のクラスの準備中、 私は、彼を見つけた。 彼は楽譜を譜面台(ふめんだい)へと置き、 椅子にちょこんと座った。 (あれ、あの人…。 男子なのに、ピアノ弾くんだ。 女子が弾くものだと思ってたけど、 そっかぁ、そうだよね。 男子もピアノ弾けたら、弾くよね。 男子が弾くピアノかぁ…。 どんな感じなんだろう?) 私は、彼がどんな曲を弾くのか、 気になって見ていた。 椅子に座った彼は、 真っ直ぐな背筋がとてもきれいで、 鍵盤に静かに置かれた手も、 綺麗だと、私は見惚(みと)れてしまっていた。 指揮者の合図に、 彼は緊張していたのか、 小さな息を吐くと同時に、 白い綺麗な指をゆっくりと動かした。 重なり合う音と、スローな曲調。 切ないほど優しいその曲は、 私の中に静かに入って来た。 コーラスの皆には申し訳ないけれど、 彼の、常盤君のピアノの音色に、 気づけば私は、涙があふれていた…。 (そう言えば…。 私、しばらく常盤君見てないな。 あれ、何であんなに凄い人、 忘れてたのかな。) 私は、常盤君の事を忘れていた。 「いやいや、ありえないから。 私、常盤君興味無いもん。」 鈴のあり得ない話に、 私は笑って答えた。 「ねぇ、それよりさ、 この図書室、 何か変わった気がしない? 前より狭くなったって言うか…。」 私は、鈴に聞いた。 「あぁ、葵ちゃん知らないのか。 しばらく学校休んでたもんね。 あのね、音楽室の改装で、 一時的になんだけど、 ピアノを置いておくんだって。」 そう言った鈴は、 図書室の隅へと行き、 カーテンをゆっくりとめくった。 「えっ、図書室にピアノって…。」 私は驚いた。 (あれ、アップライトピアノ?) 私は、呆気に取られてしまった。 「もしかして、 グランドピアノだと思った?」 鈴は、クスリと笑って言った。 「まぁ…。」 一瞬、残念に思う私がいた。 グランドピアノと言えば、 美しい光沢と高級品と言うイメージ。 私からすれば、 近寄り難い品物に思えていた。 「そんな訳ないでしょ。 あのピアノかなり重いし、 調律だって難しいらしいから、 簡単には動かせないわよ。 それに、 ここには置く場所も無いしね。」 鈴はカーテンを閉め、 積み上げられた本を手にし、 私の居る机の上に持って来た。 「そうだね。 でも、ここにある間って、 誰も弾かないって言うか、 弾けないのは、ピアノも寂しいかも。」 私は、閉められたカーテンをチラミした。 「ピアノも寂しいって…葵ちゃん。 仕方ないんじゃない? 工事が終わるまでだし。 終わったらまた、 音楽室に帰れるから、 ピアノも喜ぶわよ。」 鈴はそう私に話しながらも、 本をパラパラとめくって行く。 「そうだね。」 私は鈴に返事を返しながらも、 ピアノの事が妙に気になっていた。 あまり音を立てれない図書室と、 華やかな音を奏でられる音楽室。 互いに違う世界の物がここにある事に、 私は、不思議な感じがした。 私達はその後、 返却された本を全てチェックし、 本棚に全て直した。 「葵ちゃん。見て、外! もう暗いよ〜。早く帰ろう。」 鈴は、カバンを手に持ちながら言った。 「やだ、本当! もう暗くなってる。帰ろう。」 私は、急いでカバンを持った。 机の間をすり抜け、 扉へと向かう私は、急いでいた。 ガラガラ ガシャン…。 (イッタ…。) 私は、椅子の足につまずき、 転んでしまった。 「ちょっとやだ、葵ちゃん。 何やってるの、大丈夫?」 私の転んだ音に、 鈴は、驚いて戻って来た。 「あはは、大丈夫。ごめん。」 私は、何だか恥ずかしくなった。 「もう、気をつけてよ。 退院したばっかなんだから。」 鈴は、半分笑いながらも、 少し怒っていた。 「葵ちゃん、立てる?」 鈴は、私に手を差し伸べた。 「大丈夫だけど…。 カバンの中身がね…見て、 見事に飛んで出ました。ハハッ。」 豪快に転んだ私のカバンの中身は、 数学の教科書を残し、 全て投げ出されていた。 「あちゃ〜。 葵ちゃん、やっちゃいましたね。」 鈴はそう言うと、 笑いながらも、ひらってくれた。 「ごめんね、ありがとう。」 私は、拾い終えた物をカバンに直し、 制服に付いた汚れを、(はた)いた。 「葵ちゃん、大丈夫?」 心配する鈴に、 私は、笑って答えた。 「アハハ、大丈夫。 お騒がせしました。 また遅くなっちゃったね、ごめんね。 帰ろう、鈴ちゃん。」 私は鈴にお礼を言って、 鈴の手を引き歩こうとした。 「葵ちゃん。」 そう呼んだ鈴の手は、 グッと、私の手を握り返した。 「うん?」 私は振り向いて、鈴の顔を見た。 「血、出てるよ。」 そう言った鈴の顔は、強張っていた。 私は、ズキズキと痛む足を見た。 「あら、血。」 「『あら、血。』じゃないわよ! 葵ちゃん、痛いんじゃないの? この椅子に座って。 私カットバンあるから、貼ろう。」 鈴は椅子を私に進め、 慌てた顔で、 カバンから、カットバンを探し出した。 「ちょっと痛いかもだけど、 我慢してね。 家に帰ったらすぐに消毒して、 貼り直してよ。」 そう言うと鈴は、 私の膝に、カットバンを貼ってくれた。 「ありがとう。」 私は、鈴にお礼を言った。 「いいよ、お礼なんて。 ただ本当に、ちゃんと手当してよ。」 そう言った鈴は、 心配そうに私を見ていた。 「うん、わかった。 ちゃんとするから大丈夫。 鈴ちゃん、ありがとう。帰ろう。」 私は椅子から立ち上がり、 鈴と共に、図書室を後にした。 鍵を職員室へと戻し、 廊下を歩く私は、 微かなピアノの音を聴いた。 「ねぇ、今…。 ピアノの音、聞こえた?」 私は歩く足を止め、立ち止まった。 「え? ピアノの音? 私には、聞こえなかったよ?」 鈴は、不思議そうな顔で私に言った。 「えっ…でも…。」 私は、ピアノの音が、 自分にしか聞こえていなかった事に、 少し怖くなった。 以前、同じクラスの女子達が、 音楽室の幽霊の話をしていたからだ。 「誰か弾いてるのかな?」 鈴は、音楽室がある方向を見た。 その時、 (カチャ…。) 目の前の資料室のドアが開いた。 「ん? 入江、早川。  お前達、まだ残ってたのか? 早く帰らないと、外はもう暗いぞ。 もうすぐ学校も閉めるぞ。」 そう私達に声をかけたのは、 音楽の雛形(ひながた)先生だった。 「先生、まだ音楽室に誰か居ますか?」 鈴は、先生に聞いた。 「音楽室? もう、誰も居ないよ? 僕が鍵を閉めて、 さっき、この資料室に来た所だから。 なに、誰か捜してるのか?」 「いえ、誰も捜してないです。 ただ聞いただけです。 すみません、雛形先生。 私達帰ります。 先生、さようなら。」 鈴は、慌てたように先生に言った。 「おぉ、気をつけて帰れよ。」 先生は、資料室の鍵を閉めながら言った。 私達は廊下を速歩きをしつつも、 お互い、黙り込んでいた。 そして学校を出た瞬間、 鈴は、口を開いた。 「怖かった〜。」 鈴は、少しホッとしたように言った。 「何が?」 私は、鈴に聞いた。 「葵ちゃんが変な事言うから、 怖かったんだよ〜っ。 ピアノの音が聴こえるとか言うし、 本当に焦ったよ。 あ~もーっ、本当に怖かった!」 鈴は結んだ髪を解き、 髪をクシャクシャにした。 「ねぇ、 本当に、ピアノの音がしたのよね?」 鈴は、怖怖(こわごわ)と聞いた。 「いや、あれ、 私の聞き違いだったかも。 ごめん、鈴ちゃん。 ハハハッ…。」 私はとっさに嘘をつき、 笑いとばした。 『本当に聞いたよ。』 そう言ってしまえば、 鈴も怖がるのがわかった私は、 嘘をついた。 「なぁんだ〜。 聞き違いなの〜?」 鈴は、安堵の表情を浮かべた。 「うん、ごめんね〜。 音が聞こえた気がしけど、 雛形先生は、 誰も居ないって言ってたし。 よく考えたら、 風が吹いてたから、それかも。 ハハッ、だからごめん。」 私は、笑って鈴に話した。 「そっか。」 安堵した鈴はそう言いうと、 「またまた遅くなっちゃったね。 今度こそ、帰ろう。」 そう言って鈴は笑った。 その後私達は、 月が照らす夜道を歩きながら、 学校の話をし、 それぞれの家へと帰った。 私は、大切な携帯を落としてしまった事にも気づかずに…。 a29669e8-32e4-4d0e-8b3c-86ecf6eb78ae
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