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仄暗い彼岸花
どしゃ降りの雨は、そのうち止むにちがいない。
オメガ性を政治の道具にして、のしあがってきた
自分の家。この家にオメガにうまれてきたからには、権力者の家へ嫁ぎ、そこでアルファを産み両家の繁栄をもたらす。悍ましく呪われた家。
それ以外の選択肢は、生まれたときから与えられず
それが出来なかったものを、容赦なく切り捨てる。
まさしく僕がそうであった。
15歳のときにオメガの生殖器に重篤な病変が見られ、このまま放置すれば、命に関わるということで、手術が行われ生殖器は全て摘出された。
オメガとしては全く役にたたなくなったのだ。
僕の将来の番にと、決められていた政治家の子息
西ノ原 輝光との番の約束は撤回された。
輝光と初めて顔合わせをしたのは、12歳のとき彼の自宅に行った時だった。お互い同じ年齢。
両親と2つ下の弟も同席して行われた顔合わせ。
弟もオメガ。もし自分になにかあればすぐに弟が代わりになる。
彼が部屋に入ったときのことは、忘れようもない。
全てが完璧。頭から指の先まで、まるで精巧な人形だ。弟は、あまりの美しさに口を開けたままになり、
そのあと自分の兄を睨み付けた。
そして、小さな声で、"兄さんはズルい"と怨み節を呟いた。
しかし、弟とは対照的に僕は、彼の背後から匂い立つような、なんとも言えない禍々しい気配に、言葉を失い、本能的にこの人物とは、自分が全く相容れないことを悟った。番?とんでもない。同じ空間に少し居るのさえこんなに気が滅入るのに。
向こうの両親とうちの両親がひとしきり、挨拶をし
お互いの自己紹介を終え、同じ年だし子供達だけで少し遊んでなさい。とお約束通りの流れになったとき、弟は興奮ぎみに、彼の手を取り庭で遊ぼうと誘っていた。僕はその様子を見て、早く2人で庭でもどこでも行って欲しいと思っていた。とにかく彼から離れられれば、どうでもよかった。
それなのに、彼はまるで具合の悪そうな僕のことなどお構いなしに、僕に向かって
"蒼も早く来なよ、みんなで庭に行こう"と
ここで、行きたくないなどと言ったら、両親にこの後死ぬほど叱られることになる。
僕はノロノロと立ち上がり、仕方なく庭へでた。
輝光は、さっきの禍々しい雰囲気は鳴りを潜め、
弟と僕に楽しそうに庭の植物や飼っている鳥を次々と紹介してみせた。
弟はすっかり輝光の虜になり、また来たい。次はいつ招待してくれるの?と、しきりに聞いていた。
僕も、第一印象よりは少しはましになったものの
もう一度会いたいとは、到底思えず彼の話も上の空になったとき、彼が
"今度くるときは、別々においで、蒼と蘇芳両方いると二人のそれぞれの良さがわからないから"
弟はパーっと華やいだ顔をして、じゃあ僕から先に呼んでね!とはしゃいでいた。
しかし、この言葉こそが、あの禍々しさの正体だったことを僕は気づいてしまった。
なんて、気持ち悪い男だ。こいつは、僕たち兄弟をただの、道具にしかみてない。より良い相性のほうと番うことしか頭にない。
この顔合わせの一件以来、僕はこの西ノ原 輝光という人間に嫌悪感しか抱かなくなってしまったのだ。
そして、僕が15歳でオメガ性を、手術で失った直後
お互いの家のためにと、早々に弟の蘇芳が彼の番となった。
この時周囲は、僕を可哀想な子として腫れ物にさわるような扱いしかせず、ほんとの気持ちに気づくものなんていなかった。
僕は................"歓喜の嵐"にいたのだ。
あの男とこれ以上会わずにすみ、自由に暮らせる将来が約束されている。
両親と今まで住んでいた都内の屋敷からは、出されてしまうが、そんなこと大したことない。
母方の祖父母のいる長野に、僕は行くことになっていた。
長野へ行く前日に、弟が、しおらしく僕の前に来て
「兄さんの番を取っちゃって、ゴメン。でも僕は輝光のことが好きなんだ」と悄気た顔して言うので、
「気にするな。番のことは、なんとも思ってない。
お前も幸せになれ」と言ってやった。
すると、弟は"ありがとう"と呟いて兄さんも元気でとその場を離れた。
その後僕の長野の祖父母との生活は快適そのものだった。高校に通い、友人もでき、
今までのしがらみもなく、すきなことを好きなだけやれる日々。オメガ性を除去したせいか、今までの身長よりも10センチ近くも、延びて170センチ代の半ばまでになり、パッと見ただけで、元オメガだなんてわかるものは皆無。体調もよく、大学はノーベル賞受賞者を輩出する国内屈指の国立大に焦点を絞りみごと合格をはたした矢先、一本の電話がかかってきた。
弟の蘇芳が輝光とようやく番になり、懐妊したという。そして、弟は今は悪阻に襲われなにもできない。
手伝いにしばらく帰ってこれないか?という内容であった。ここで、拒否しようものなら、大学の学費すら危うくなる。僕は帰りたくない気持ちを押し込めて承諾の返事をしたのだった。
三年ぶりの我が家は、相変わらず陰鬱として少しも気が晴れなかった。弟を一目みたときその女性めいた容貌と華奢な体に、オメガとはなんたるかを急に思い出した。高校生なのにそれらしい生活もなく、ただアルファの情を身体にうけることでしか幸せを感じルことができない。
しかし、弟は"まるで、兄さんは別人のようだね"と驚いた様子はしたものの、お腹を撫でながら
「僕はいまとっても幸せだよ」と満面の笑みを浮かべた。
そして、夜の8時すぎに輝光とぼくの何年かぶりの邂逅が訪れた。
輝光は、以前より精悍な顔つきになり、しかしその美しさは、映画俳優も顔負けの彫りの深い美丈夫になっていた。身長も僕より高い180センチくらいはあるだろうか。
ぼくを一目みて、輝光は「お義兄さんお久しぶりです」と、眩しそうな顔つきで、挨拶した。僕はどうもと返したが、やはりこの男のうしろにある仄暗い
雰囲気がどうにも嫌でもたまらなかった。
弟はよっぽど悪阻が、ひどいと思われ、せっかく作った夕飯にはほとんど手をつけず、
輝光に詫びを言うと早々に寝床に戻ってった。
二人きりになってしまい、手持ち無沙汰に
お茶でもと席を立ったら、いつも自分がいれてるから気にするなと輝光自らお茶をいれてくれた。
そして、長野での生活の話や進学の話をあれやこれや聞きたがり、深夜まで、解放されることは、なかった。
なぜか毎日のように、我が家を訪れる輝光のために夕飯を用意したり、時には泊まっていくため、布団の準備をしたりと意外と僕の仕事は忙しく弟の食べれそうなものを用意したり、両親の仕事の送り迎えで、一日の大半を過ごした。
そんなある日、西ノ原家で、政治資金を集めるパーティーが催されることになった。体調が思わしくない弟を参加させるのは両親も気がひけるとのことで、
代わりに僕が、参加することになった。
ただ、居るだけでいいのだから、簡単だ。お仕着せのスーツに身を包んだ僕とは偉い違いで、
輝光のタキシード姿は、着なれている様子で堂々としていた。来賓対応もスマートで今後ともよろしくと、きれいな顔で微笑めば、どんなものも顔を赤らめ、きみのために尽力するよ。と正面から彼を見れず視線を、彷徨わせる。
その様子は、支配者の帝王で生まれながらのアルファそのものであった。
恙無くパーティーは終焉し、夜も遅いので泊まって行けといわれ、本当は帰りたかったが、せっかくの申し出を断ってあとで、根にもたれたら大変だ。
では、お言葉に甘えてと一泊することになった。
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