嫌いな隣人

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嫌いな隣人

「じゃあ、またね」  欧米か!とツッコみたくなるように、頬にキスをし抱擁した後、パートナーに別れを告げたのは自分の隣人、黒澤 陽太(くろさわ ようた)である。  茶髪にセンター分けした前髪、ブラントのシャツにスキニージーンズを履いたシンプルながらも、いかにもモテそうな姿の彼は、こちらの視線に気づき愛想笑いと会釈をし、扉を閉めた。  志田 誠(しだ せい)は彼が嫌いである。  理由は単純明快で、堂々と男を部屋に連れ込むような彼の楽観的な行動が気に食わないからだ。  男が男を好き、それは異常なことであり、隠すべきことであるはずだ。そのことを自分の経験から知っている。  にも関わらず、黒澤は大学でもゲイであることを隠さず、むしろネタにしているのだ。  さらにムカつくのは、彼のコミュニケーション能力の高さ、容姿の淡麗さから周囲がそれを受け入れていることだ。  きっとその性格と見た目から苦労せず、受け入れられてきたのだろう……。そう思う度、対照的な自分が嫌になり、腹の底から黒い感情が押し上がってくる。  まぁ、とにかく隣人の黒澤が嫌いなのである。なるべく関わらないようにしよう、黒澤の顔を見る度、誠はそう決意する。  今朝は嫌なスタートだと思いつつも、隣駅の大学へと向かう。楽しそうな小学生や、眠たそうなサラリーマンとすれ違いながら、自分も東京の大学生になるための心の準備をしていく。  明るく元気に、ハキハキと、それでいてダルそうな感じも忘れずに。 「おはよ! 課題やった?」  大教室に着くと、同じ学部の友人が早速声をかけてくる。さぁ、今日もしっかりと演じよう。 「やってないよ。この講義、楽単だから平気だろ。出席さえしてればいいんだよ」 「だよな! なぁ、今日の夜、カラオケ行かね? サークルのやつら来るってよ! 女子も!」 「お、いいね! 行く行く!」  自分の乗り気な反応に満足した友人は、話をやめスマホをいじり出した。  正直、サークルもカラオケも、何が楽しいのか自分にはさっぱり分からない。しかし、楽しめない自分が変なのだと分かっている。とにかく普通の人間になるため、周りに合わせて生きていく。きっといつかそれが自分にとっても普通になるんだ。誠はそう信じ、大学生活を過ごしている。  曲への冒涜のような飲み曲ばかりのカラオケを終えると、やっと集団から解放される。真っ暗な帰路を辿っていると、思わず深いため息が漏れる。  東京の遊びは自分には合っていない、日々そう感じる。でも、別に地元でも楽しい遊びや、居心地の良い居場所があったわけでもない。そう思うと、日々がつまらなく感じるのは、環境の問題ではなく、そもそもの自分の性格のせいなのかもしれない。  自分の恋愛対象が男であると気づいたのは、中学一年生のプールの授業だ。入学して最初に仲良くなった友人の裸に、妙に興奮した。直視できず、下半身の熱を抑えることに全神経を集中させていた。自覚してからはもうダメだった。  今まで普通にしていたこと全てに意識してしまうようになった。家で二人で遊ぶことも、肩を組むことも、回し飲みすることも、全て意識せずにはいられなかった。どんなに頑張っても、触れられると赤面してしまい、身体がびくん、と反応してしまう。  そして、そんな反応をしていれば次第に周囲は気づき出すのだ。 「なぁ、お前って俺のこと好きなの?」  友人に聞かれた時には、もう手遅れだった。違うと口で言っても、赤くなる顔、震えは止まってくれなかった。 「志田ってゲイらしいよ。志田誠じゃなくて、志田ゲイだな!」  田舎の小さな街で噂が回るのは一瞬だった。  誠は高校卒業まで悪夢のような日々を過ごした。そして、卒業と同時に逃げるように上京したのである。  ─もう絶対バレないようにしないと。俺は普通だ。大丈夫。  誠は街灯だけに照らされた暗闇の中で、自分の誓いを反芻した。
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