夜叉のさがしもの

1/6
前へ
/6ページ
次へ
 戦場に一匹の夜叉がいた。  彼の名は、アスヘルム・シュタイン。アスヘルムは貧しい貧民街の捨て子であった。親も兄弟も、自分がここにいる理由さえもわからないまま生きてきた。 貧民街の暮らしは、幼い彼にとっては、地獄そのものだった。職も食べ物も住むところも何もない。いるのは、社会の歯車から外れた者たちのみ。ある者は職を失い、ある者は貴族に騙され、ある者は戦場で捨て石にされて、この貧民街に流れ着いた。  アスヘルムにとって、生きると言う行為は決して楽ではなかった。生きるためには、盗みや暴力も平気で行なった。これも全て生きるためだと、自分に言い聞かせてきた。最初の頃は、強い罪悪感に襲われたが、回数を重ねるごとにその罪悪感もどこかへと消えてしまった。 血生臭い世界で生きていくには、当たり前のことだったのだ。  しかし、子供だったアスヘルムには力も人脈も、何もかもが不足していた。生きるためにはなんでもやった。どこぞの貴族に何度も頭を蹴られようとも、街の不良に何度殴られようとも、周りから蔑んだ目で見られようとも、全ては自分が弱いからいけないと言い聞かせた。  そんな生活を続け、十五年が経った頃であった。彼はいつものように近くのゴミ山を漁っていた。そしてゴミ山の中に、錆びついた一振りの剣を見つける。これが後に、彼の運命を大きく左右することとなる。  次の日から彼は、朝から晩まで稽古に励むようになった。幸い、殺しが横暴する貧民街では、実践を積むことも容易かった。元々、剣舞の才能に恵まれていたのもあり、そこから三年が経った十八の時には、彼は貧民街の王として君臨していた。 「俺は騎士として功績を挙げる。そして、この世界を見返してやる」  アスヘルムの中には、夜叉が眠っていた。  貧しいものがいるということは、豊かなものもいるということだ。アスヘルムは、幼い頃から貴族たちの横暴を目にしてきた。 「貴様らはゴミだ!ゴミはゴミらしく、大人しく死んでおけ!」  そう言いながら、貧民街を歩く奴らの姿を、何度も目撃した。女は欲求を満たすための道具として、男は鬱憤晴らしのサンドバックにされる。その光景を見るたびに、アスヘルムの夜叉は語りかけてきた。 『殺せ、奴らを殺せ。この世界に復讐しろ』  そして、彼は王都に上京した。当初は、貧民街出身ということで、風当たりも強かったが、彼はその全てを、自らの剣技で黙らせた。その腕が見込まれ、無事に騎士団へ入団もできた。  当時、この国は隣国との争いが絶えず、戦争が繰り返されていた。そのため、常に兵力を必要としており、アスヘルムもすぐに戦場へ赴くこととなる。貧民街出身の若造ごとき、すぐに戦場の屍になる。誰もがそう思っていた中、アスヘルムはその予想を大きく裏切る。彼は初陣にして、なんと敵の将を討ち取ったのだ。  貧民街で死線をくぐり抜けてきた彼の剣技は、すでに並の騎士の力をはるかに凌駕していた。その強さは、まさに戦場の夜叉。夜叉神という名がついたのは、敵将の首を三十ほど討ち取った頃からだった。  二十になる頃には、国家戦力として数えられる『戦略級騎士』の名を得ていた。しかし、彼の存在を認めなかった者たちも存在した。貧民街生まれの騎士など国の名が廃ると言い、一部貴族たちが国に申し立てをしたのだ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加