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恋でもしているかのように浮ついた声を出す彼を見ても、僕はやはりその論を飲み込めなかった。
「でも普通に考えて無理でしょ。僕がこれからいくら頑張ってもキリンになれるわけないもん」
「だから何でわかんだよ。首伸ばしてみたことあんのか」
「ないけどわかるよ」
「じゃあなんで少年は二重跳びの練習してんだよ」
カラスは黒く尖った嘴で僕の右手にある縄跳びを示した。ビニール製の半透明の縄の中心は何度も地面に擦られ、細かな傷が幾つも付いている。
「なんでって」
「練習すればできるようになるって信じてんだろ。それと一緒だ。少年が二重跳びが跳べるようになるって信じてるのと同じように、オレは白鳥になるって信じてる」
「だってみんなできてるから」
「先人がいるかいないかの違いだ。別にオレが一羽目になればいい」
二重跳びだって一番最初に跳んだ誰かがいるんだろ、と彼は言う。
「でも、そんなのもしかしたら一生じゃ足りないかも」
「だからなに? なりたいものを目指すのに、そんな理由で諦めんの? むしろなりたいものになろうともしないまま過ごす一生のほうが嫌だね」
そして、カラスは真っ黒な瞳でこちらを見ながら言った。
「だからオレが証明してやるよ。悪魔の証明は正しいってさ」
彼の声がはっきりと僕の耳に届く。嘴の形は変わらないが、不敵に笑っているように見えた。
このカラスの言い分はあまりに無茶苦茶だ。そんな理論でカラスが白鳥になれてたまるか、と憤りすら感じる。
――それでも、僕の中にどこか信じたい気持ちがあるのも確かだった。
『できない』なんてこと誰にも言い切れないんだって。
僕たちは、これから何にでもなれるんだって。
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