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モモとナナコはもうすぐ付き合って三年。彼女達は性別の壁を乗り越えて、紆余曲折はありながらも、幸せな日々を送っていた。三年記念日まで1ヶ月を切ったある日。
「あのね」
モモがティーカップを丁寧に置いて、短く言う。
「なあに?」
ナナコは、ぱちぱちと瞬きをした。
モモは指先にすこし目線を流したあと、意を決してナナコを見据えた。
「結婚式、しない?」
ナナコはかすかに驚いたように目を見開く。
「本当に結婚は出来ないけど、思い出にはなるかなって」
モモは上目遣いにナナコを見る。
ナナコは柔らかく笑った。指をモモのそれに絡ませる。
モモの提案は、もちろん、ナナコにもとびきり素敵に思えたのだ。
「いいじゃん。やろうよ。」
「ほんと!?嬉しい…!あのね、私ここの教会がとっても可愛いなって思ってて__」
モモは無邪気に、あらかじめ集めておいたパンフレットを差し出す。ナナコは愛おしそうに彼女を見つめた。
【二つ返事で決まった結婚式。二人の毎日は幸せだけで満ちていた。】
【_はずだった。】
「ねえ、ナナコ。教会のパンフレット見てくれた?」
「あー、後で見とく。ごめん、ちょっと課題忙しくて。」
ナナコはパソコンに集中している。モモには目もくれない。
「それ昨日も言ってた。」
「今締切近くてさ。明日になったらもうちょっと余裕できると思うから。」
ナナコはエナジードリンクをあおった。
「ねえ」
「なに?」
「結婚式、やっぱりしたくない?」
やっとナナコはモモに目を向ける。しかし、目は合わない。モモの声はすこし揺れていた。
「え?なに、どういうこと。」
「だってナナコ、全然結婚式のこと考えてくれてないじゃん。」
「それは課題が忙しいからで」
「いいよ、知ってる。重いよね。わたし。」
「モモ?ねえ、ちょっと。話聞いて」
「ごめんね、めんどくさかったよね。勝手に舞い上がって。」
「やりたくないって、そんなこと言ってない」
「でもそういうことじゃん!」
1LDKの狭い部屋に、窓から雨音が流しこまれる。
モモの低いヒールの音が、遠くなっていく。
「…勝手すぎるよ」
ナナコは教会のパンフレットを丸めて、ゴミ箱に投げた。狙いは外れた。
【結婚式まであと一週間。二人は元通りになれるのか。】
「なあ、お前ら何回目?もう僕らは子供じゃないの。恋愛だけが人生じゃないの!」
レンがまくし立てる。外見は男にしか見えないから、女の子らしい声がひどく目立って聞こえる。通りすがりの人々は無遠慮な視線を投げかける。
「そうだな、どっちも悪い。早く謝りな。後悔しかできなくなっても、知らないよ。」
ヒロトが煙草の煙を吹きかけた。彼の彼氏は数年前に事故で他界している。亡き彼とお揃いのネックレスが光る。残り香でしかなかった煙草の香りも、今ではヒロト自身のものになった。
「ごめん、やっぱり好き……。」
モモがバスルームで泣き崩れる。シャワーを浴びて、鏡に向き合ったその瞬間、シャンプーの香りがナナコの存在を思い出させた。こっそりナナコの真似をして買ったものだった。
【ちっぽけで、くだらない。
でも、彼女達にとっては、確かにそれが世界だった。】
【『バイ・オール・ミーンズ』絶賛公開中。】
「……半分こ しようよ。」
ナナコが雨に濡れたモモに傘を差し出す。海が雨に打たれて白くなっている。
「結婚、するんだから。」
ナナコがモモを抱き締める。傘は投げ出されて、砂浜に転がった。モモは涙か雨か、もう分からないほどにぐしゃぐしゃだった。雨音に紛れて、かすかに彼女の嗚咽混じりの掠れた声が聞こえる。彼女はナナコの背中に手を伸ばし、強く抱き締め返した。
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