喫茶・六等星

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喫茶・六等星

静夜(しずや)さん、何を見てるんですか?」  仕事終わり、喫茶・六等星の裏口を出たところで、静夜が夜空を見上げていた。 「…見てると言うか、探してると言うか……」 「何をですか?」 「…星」  一切こちらを見ないまま、静夜はずっと夜空を見ていた。探すも何も今夜は雲ひとつなく見事なまでの星空で、では彼は何を探しているというのだろうかと、小夜(さよ)は首を傾げた。  * 「それならうちで働かない?」  喫茶・六等星は、小夜が四歳の頃から親に連れられ通っている店だ。  高校を卒業して調理師の専門学校に通い出していた小夜(さよ)が、アルバイト先を探しているという話を漏らすと、オーナーである晶太郎(しょうたろう)が名案だと言わんばかりにそう言った。 「え、いいの晶ちゃん」 「うん。最近のささやかな喫茶店ブームのおかげでうちも繁盛して来たんだけど、二人で回すのはしんどくなってきたからね」  そう言って店内をぐるりと見渡すと、常連は勿論だが、流行り物好きな若い女性の姿がちらほらと見受けられる。 「静夜もどうだ? 二人より三人の方が負担は軽くなるだろう?」  カウンターの向こうはキッチンになっている。接客は不得意だと言って専ら料理を担当している静夜は、呼びかけられたものの、料理中な為にこちらを振り向かずに答えた。 「俺はどっちでも。オーナーは(しょう)なんだから好きにすれば?」  素っ気ないように聞こえるが、これが静夜の対晶太郎の通常運転だ。 「よし、決まり。じゃあシフトの相談とかしようか」  こうして、小夜は週三日、平日四時間、休日六時間でアルバイトをすることになった。  *  とはいえ、観光地でもないこの土地ではやはり常連客が多い。小夜にとっては顔馴染みが多く、見守られているような中でのアルバイトになった。  晶太郎は父親から引き継ぎオーナーになってかれこれ五年。料理やコーヒー以上に「愛想を売ってきた」と本人はよく言うが、おかげで常連客にはとても愛される店主になった。  対する静夜は名は体を表すを地で行く男だった。調理中もコーヒーを入れていてもどこか静かだ。接客も稀にするし営業スマイルも出来るが、笑顔と言うより微笑。実は晶太郎の従弟なのだが、血の繋がりはあまり感じさせないくらい、二人は対照的だった。 「はい、オムライスです」 「ありがとうございます」  土日お昼を挟んで仕事をする時は賄いが出る。常連ばかりな店ということもあり、従業員はカウンターの端っことはいえ堂々と店内で休憩をするが、咎められることはない。 「小夜ちゃんは昔からオムライス好きだよね」 「卵料理ってプロが作った方が明らかに美味しいんだもん」  いただきますと手を合わせて温かいうちにスプーンを進める。静夜の凄いところは、リクエストすればナイフで割って食べるとろとろのオムライスでも、昔ながらの薄い卵のオムライスでも作ってくれることだ。これは客に対しても同様で、小夜の今日の賄いは薄い卵の方だ。 「そういえば、後期の西洋料理の実技はオムレツなんですけど、静夜さんの時もそうでした?」 「そうですよ。日本料理がアジの三枚おろし、中華は炒飯、製菓がクリーム絞りでした」  静夜は四年前から六等星で働き出した。彼にとって小夜は常連客だった期間が長く、同僚となった今でも敬語で話す。職場の先輩でもあり、小夜がの通う専門学校の先輩でもあるのだが、静夜が敬語を崩すことは無かった。  小夜も静夜には敬語だ。幼く敬語の使えなかった頃に出会ったオーナーである晶太郎に対しては、いつまでも敬語に切り替えられずにいるが、彼自身も「敬語だと淋しくなるからいい」と言うので、小夜は開き直ることにしていた。  静夜は愛想は悪くない。けれど、敬語のせいなのかはわからないが、妙に距離を置かれている。嫌われている、とは思わないが自信もない。静夜との距離の取り方には小夜の悩みの種だ。  カランカラン、とドアベルが店内に響いた。 「いらっしゃいませ」  決して大きくなはない店なので、カウンターからは出入口が見えるようになっている。ドアの前には目を怒ったように釣り上げた女性がいた。 「あれ、坂下さん。こんにちは。…そうか、今年もそんな季節になりましたか」 「ご無沙汰してます、晶太郎さん。…それと、久しぶり、星村」  晶太郎には少し笑みを浮かべたが、すぐに元の怒ったような顔に戻り静夜を睨み付けた。ただならぬ雰囲気に場所を変えた方がいいだろうかと悩んだが、晶太郎がすぐに小夜のそばにきた。 「坂下(さかした)さん、この子先月からうちで働き始めた小夜ちゃんです。以後お見知りおきを」 「…夏川(なつかわ)小夜です」  ちょうど咀嚼していたタイミングで紹介されてしまい、小夜は慌てて口に含まれていたオムライスを飲み込んだ。 「…夏川……サヨさん?」  坂下と呼ばれた女性は不思議そうに目を丸くして小夜の名前を聞き返した。 「あ、ごめんなさい。友人に名前が似ていたものだからつい…。私は坂下満里恵(まりえ)。星村の…静夜の同級生です」  小夜は思わず静夜を見たが、彼は坂下に目を合わせようともしていなかった  合わないのなら合わせればいいとばかりに、坂下は静夜の目の前のカウンター席に座った。小夜のいる席の二つ隣だ。 「あんた今年も来ないつもり?」 「…………」  静夜に声をかけたらしいが、彼は顔も上げずに淡々と調理仕事をこなしている。 「坂下さん、食事もしていく? 飲み物だけ?」 「あ、ごめんなさい。食事は大丈夫なんですけど…そうね、ケーキセットにしようかな。シブーストってまだありますか?」 「ありますよ。あとはいつものブレンドにします?」 「お願いします」  晶太郎がにこにこしながら注文を伺うと、重苦しかった空気がほんの少し和らいだ。晶太郎は静夜にコーヒーをオーダーし、後ろを通る時にポンポンと小夜の頭を軽く叩いて行った。「大丈夫だよ」と言われたような気がして、小夜は安心して食事の続きをした。 「星村、流石にいい大人なんだから挨拶くらいはしてくれない?」 「いらっしゃいませ」 「そういうことじゃない」  静夜の反応があまりにも淡々としすぎていて、本当に安心していいものなのかとヒヤヒヤした。 「…夏夜(かよ)のお母さん、あんたに会いたがってるよ。毎年毎年、なんで私があんたの代わりに謝らないといけないの」 「…それはまぁ……悪いとは思ってる」  ドアベルが再び鳴り、晶太郎が席の案内へ向かう。静夜は挽いたコーヒーの豆をフィルターにかませ、お湯をゆっくりと注いでいる。挽いた豆はふんわりと山なりに膨らむ。小夜はこの瞬間が好きだ。。 「…悪いと思っているなら」 「それでも俺は行かないよ」  言葉を被せる静夜の声には、頑として譲らないという強い意志のようなものが感じられた。 「あれからもう六年な気もするし、まだ六年という気もするんだ。俺はまだ…まだ受け入れたくない」  静夜はカウンターから手を出し、コーヒーとケーキを坂下の前に置いた。 「…ありがとう」  まだ物言いたげな顔をしていたが、坂下は淹れたての温かいコーヒーをふーふー冷ましながらゆっくりと飲んだ。静夜はさっさと次の作業にかかり、小夜はオムライスを食べ進めた。  その日の夜、小夜は初めて聞いてみた。 「静夜さん、何を見てるんですか?」  彼はいつも星空を見上げる。仕事終わりに裏口を出て、ひたすら空を眺めてる。小夜はいつも気になっていた。 「…見てると言うか、探してると言うか……」  静夜からはそんなよくわからない返答が来た。 「何をですか?」 「…星」 「星座ですか?」  静夜は一度、小夜の顔を見た。そしてもう一度空を見上げながら答えた。 「…昔から、人は亡くなると星になるって言うでしょう? そんなわけないことを今はもう知っているはずなのに、それでも未だに星になるって言い方をする。それなら……どこかにあるのかなって思うんです」  右へ左へ首を動かし、まるで何かを探しているようだった。小夜は思わず尋ねた。 「…誰を探してるんですか?」  虫の声や風の音がするだけの静かな夜に、意を決して尋ねた自分の心臓の音が妙にうるさく響く気がした。  結局、静夜からの返答が来る前に、戸締りを終えた晶太郎がやって来てお開きになった。  *  夏休みに入り、小夜は平日の仕事にも入れるようになった。しかし定休日である水曜日に小夜が出勤したのは、新メニュー開発の為に若い女性の意見も欲しいという晶太郎の誘いを受けての事だった。  だがその晶太郎は用事を片付けてくると外出してしまい、静かな店に静夜と二人、少々取り残されたような気分になった。 「若い女性の『可愛い』のひと押しは説得力があって安心します」  先日の今日で気まずいと思っていた小夜に対し、静夜は大人な対応だった。自分の作ったスイーツやカクテルを見つめながら安堵の笑みを浮かべている。 「『六等星』って名前を活かそうっていうのは静夜さんの案だったんでしょう?」  スイーツは、元々提供しているあんみつのアレンジだ。寒天をシロップで黄色くし、星型にくり抜いて飾るだけ。そしてくり抜いて余った寒天は細かくしてグラスに入れ、ブルーキュラソーと炭酸を注いだカクテルに。子供でも楽しめるように青いシロップで作ったクリームソーダも用意した。アイスの横にはレモンの皮を星型にくり抜いたものを添えている。 「これ本当に可愛いです。写真撮ってもいいですか?」 「勿論」  携帯を出してカシャカシャと角度を変えながら撮っていると、アイスがじわりと溶けて青いシロップと混ざり出した。 「よかったらそれ飲んでください」  クリームソーダ用の長いスプーンを差し出して静夜が言った。礼を言い、小夜はいつもの席に移動してバニラアイスをつついた。 「クリームソーダっていいですよね。綺麗で可愛いし、ケーキほどじゃないけど程よいご褒美感があって好きです」  そう言うと、カタカタ鳴っていた音が止み、水音だけが店内に響いた。不思議に思いぱっと顔を上げると、カウンター内で片付けをしていた静夜が驚いたように硬直してこちらを見ていた。 「…私、変なこと言いました?」  恐る恐る声をかけると、静夜は水を止めた。 「…幼馴染が昔、同じことを言ってたなって」 「幼馴染?」  はぁ、と深い息を吐いたあと、珍しくゆっくりと静夜は昔のことを話した。 「俺の両親は共働きだったので、よく向かいに住んでいた幼馴染の家で遊んでいたんです。急な仕事で両親の帰りが遅くなるなんてよくある事だったんですけど、それが俺の誕生日に重なったことがあって。そしたら、幼馴染がコーラとアイスでフロートを作ってくれたんです。ケーキの代わりにって。ディッシャーなんてないからこんな綺麗に盛り付けられなかったけど、運動会で一等賞になったり、テストが百点だった時のご褒美によく作っていたらしくて」 「いいですねそれ。今でもフロートはご褒美なんですか?」  そう尋ねると、静夜の表情が陰った。 「この前、星を見ている時に『誰を探しているのか』って聞きましたよね」 「…はい」 「探していたのはその幼馴染です。六年前、彼女は事故に遭って亡くなりました」  幼馴染の夏夜の十八回目の誕生日、プラネタリウムに行きたいという彼女のリクエストで一緒に出かける約束をしていたらしい。家は向かいだというのに、最寄りの駅で待ち合わせすることになり、静夜はずっと駅で待っていた。  時間になっても来ない彼女に電話をかけても音沙汰なく、心配になり家に戻ろうとしたその途中、大破した車と救急車が見えたという。 「悔やみました。待ち合わせなんてしないで家から一緒に出かけていれば、あいつは事故に遭わなかったかもしれない。学校にもちゃんと通ってましたけど、俺は…無気力っていう自暴自棄になりました。そんな俺を見兼ねてた晶が、就活を全くしていなかった俺に『ここで働け』って声をかけてくれたんです。…まさか、夏夜とよく似た名前の女の子がいるとは思わなかったけど」  顔こそ似てはいなかったものの、小夜の行動や言動が彼女を思い出させることが度々あったと静夜は言った。それ故に余計、小夜との距離のとり方はわからなくなったそうだ。 「俺、あんまりいい態度をしていなかったでしょう?」  静夜は申し訳なさそうに言った。 「…静夜さんは十分優しいです。ずっと敬語を使われて距離は感じていましたけど、理由がわかってスッキリしました」 「…そうですか」  ふっと、力が抜けたような笑い方を静夜がした。それは初めて見る種類の笑顔で、営業スマイルとは違う本当の静夜の笑い方なのだろう。 「立ち入ったことを聞きますが、この前坂下さんが来たのはもしかしてお墓参りのお誘いですか?」 「そうですよ。毎年命日の前に来るんですが、毎年行ってません。今年は七回忌なんですけどね。『何日の何時に駅に来い』って言われても…」 「…もしかして、待ち合わせ…怖いですか?」  小夜が尋ねると、静夜は目を丸くしハッと息を飲んだ。 「…違いましたか?」  先程の「待ち合わせなんて」という静夜の言葉が妙に引っかかった。悔しそうに、憎たらしそうに聞こえたのだ。  静夜は観念したかのように答えた。 「その通りです。…夏夜の墓参りだけじゃない。俺は、人と待ち合わせるのが怖い。もしそこにいなかったら、もし待っても来なかったら。そう考えてしまって息が苦しくなる。俺は人と待ち合わせが出来ないんです」  小夜の頬を伝って雫が落ちた。普段自分が人と何気なくしている待ち合わせを、静夜は怖いという。約束の場所相手がにいないかもしれない。そもそもこの世にいないかもしれない。一度それを味わった彼だからこその恐怖。誰かが簡単に「大丈夫だよ」なんて言えることではない。死は突然やってくるということを静夜は痛いほど知っている。確約された明日なんて誰も持っていないのだ。 「…ごめんなさい。泣かせるつもりはなかったんです」  涙に気づいた静夜は申し訳なさそうに言った。小夜はブンブンと首を力いっぱい横に振った。 「待ち合わせができないって、坂下さんや夏夜さんのご家族は知ってるんですか?」 「……いや、多分晶しか知らないです」 「…大きなお世話だと思いますが、それ絶対言った方がいいですよ」  涙を拭いながら小夜は言った。 「少なくとも私は、妙な距離感の理由がわかって、私自身が拒絶されてたわけじゃないんだって分かって安心しました。理由がわからないと、納得できないと、人間もやもやするじゃないですか」  小夜が訴えかけると、静夜は俯き絞り出すように言った。 「言えるわけないですよ」  静かな店内に彼の声がいつもより低く響き、小夜は息を飲んだ。 「だって、あれから人と待ち合わせが出来なくなったって…それってなんか……夏夜のせいにしているみたいじゃないですか。あいつが事故に遭わなかったら、死ななかったら、きっと今、こんなことにはなってなかった。でもそれを、夏夜を亡くして深く悲しんでいる人に、それでも笑って生きていこうとしている人に、そんなのどうやって言えばよかったんだよ。あいつが死んだせいだなんて、あいつが大事にしていた家族や友達に言えるわけないだろう!」  らしくない大きな声に小夜の身体はびくりと跳ねた。けれど、静夜に対して怖さを感じたりはしなかった。涙こそ流れていなかったが、静夜の瞳は明らかに泣いていた。淋しいと言っているように見えた。  ―この人はずっと、迷子なのか。と小夜は思った。 「…それでも、言えばいいんですよ。受け入れてもらえるかは分からないけど、そう言うしかないんですよ」  真っ直ぐに静夜の目を見て小夜は言った。 「…それに…いいんじゃないですか、夏夜さんのせいにしても。だって本当なんだもん。静夜さんは、それほど夏夜さんのことが大切だったんです。だからいなくなって淋しくて、怖くてたまらなくなっちゃったんです。大好きだから仕方ない……仕方ないんですよ」  随分無責任な言い方だったろうかと小夜は思った。しかし、本心でもあった。幼い頃、小夜は母方の祖母を亡くした。その時、泣きじゃくる小夜に母が言ったのだ。 『いっぱい泣きなさい。だって、仕方ないじゃない? おばあちゃん大好きなんだもん。淋しくてどうしようもないのよね』  待ち合わせが怖くなるのは、それだけ待っていた相手が大切だったからだ。その時の絶望が深かった分、引きずってしまったのだ。  そうこうしているうちにアイスが溶けてグラスの外に溢れ出した。慌ててソーダを少し飲んだが、テーブルにはグラスのかいた汗がちょっとした水溜まりになっている。  あたふたしていると、カウンターの向こうから布巾が差し出された。礼を言って受け取ると、静夜は少し意地悪そうに言った。 「俺も大きなお世話ですが、晶は凄く鈍いから、きちんと言わないと伝わらないですよ」 「え?」 「まさか隠してるつもりでした? 俺にも常連さんにもバレバレですよ? まぁ本人だけは未だに気づいていないですけどね」  真っ赤になったのが自覚できるほど、小夜の顔は熱くなった。 「死ぬこと以外かすり傷。言いたいことがあるなら言っておいた方がいい。死ぬほど後悔しても遅いってことがこの世にはあるんだから、俺は応援しますよ」  ―そうか、静夜さんは何も言えなかったんだ。  そう気づいてしまえば、小夜には何も言い返せない。意地悪そうに笑う静夜は初めて見たが、恥ずかしさを誤魔化そうと飲んだクリームソーダが美味しかったので、小夜は静夜を許すことにした。  * 「静夜さん、今日も星探しですか?」  裏口すぐのところで夜空を見上げる静夜がいた。 「六等星って肉眼で見えるギリギリの明るさなんだけど、街の灯りの影響で、実際見えるのは一等星とか二等星の強い明かりの星だけらしいよ」  空を見上げたまま、静夜は答えた。 「でも六等星はちゃんとある。…この店も、そんな場所になればいいって名付けられたらしいよ」 「…えっと?」 「見えなくてもちゃんといる。見えないからっていないわけじゃない。…死んだ人が星になるってそういうこともあるのかなって最近思う。見えなくてもどこかにいて、光り輝いているのかもしれない。それは大切な人を失った誰かが、明日も生きていくために『そうであればいい』と願ったことなのかもしれないね」  あれから静夜は坂下に連絡を取り、待ち合わせが出来ない旨を伝えたらしい。そうしたら「それならざっくり午前中に迎えに行くから店にいろ」と命令口調で言われたと笑っていた。  先日六年ぶりに幼馴染と向き合った静夜は、その後どこかすっきりしたような顔をしていた。以来、頑なに使っていた敬語が少しずつ崩れ、今では敬語ではないことが普通になった。 「夏休み明けたら前期テストだよね?」 「そうです。合格点取れないと一教科につき千円、再試にかかるって聞いて今から恐怖です」 「ちゃんと勉強と練習すれば大丈夫だよ」 「じゃあ全部合格したらご褒美くれますか?」  我ながら名案、と声を弾ませて言うと、静夜は首を傾げた。 「ご褒美? 何がいいの?」 「クリームソーダです!」  街灯のわずかな灯りでも小夜の満面の笑みがよく見えた。静夜は彼女の頭をポンポンと軽く叩き、意地悪そうな笑顔で言った。 「いいよ。あと、夏川さんが晶に告白出来たらクリームソーダ、付き合えるようになったらケーキでお祝いしようね」 「…静夜さんって結構意地悪ですよね」  そう言うと静夜は声を上げて笑い、そこに「楽しそうだなぁ。何の話?」と当人の晶太郎が登場し、小夜は一人あたふたした。  そんな自分たちの遥か上空では、肉眼では見えない星たちも、きらきらとその身を輝かせているのだろうなと、静夜は夜空を見上げて思った。
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