第4話

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第4話

帯礼(おびれ)が血相を変えて病院に駆けつけると、くだんの心霊特番のスポンサーが手配をかってくれたという見晴らしのいい最上階の個室のベッドに上半身を起こしたパジャマ姿の納乃宮(ののみや)、照れくさそうに頭をかきながら、ノンキに笑ってみせた。 「わざわざ見舞いに来てもらって恐縮だな。明日には退院するのに」 「えっ、もう退院? 歩道橋から真っサカサマに落っこちたところを、ジャストミートでトラックにハジキ飛ばされたって聞いたぜ、オレは」 「うん、まあ、その通りだけど。中央分離帯の植え込みがクッションになったおかげか、カスリ傷ですんでね。救急隊員や警官も、ひどくビックリしていた」 「そりゃあ、運が良かったもんだなぁ」 帯礼(おびれ)は、ホッと安堵(あんど)の息をつきながら、ようやくベッドサイドの椅子に腰を落ち着けた。 すると納乃宮(ののみや)、イタズラっぽい上目づかいで、 「運なんかじゃないさ。背後霊に、助けられたんだ」 「オマエ、やっぱり、頭の打ちどころが……」 と、帯礼(おびれ)は、あきれたように肩をすくめたが、すぐにハッと身を乗り出し、 「っていうか、オマエ。そもそも、なんだって、こんなドジを踏んだんだ? まさかとは思うが、やっぱり、廃トンネルのロケと関係が……」 「その"まさか"だよ。ゆうべ、オレが、自分の部屋のベッドで寝ていたとき、夜中に息苦しくてふと目を覚ますと、天井一面にあのトンネルの悪霊の顔が広がっていたんだ。焼けただれた皮膚が今しもドロドロと溶けかかり、眼球の抜け落ちた真っ黒な洞穴(ほらあな)みたいな両目でオレを見下ろしていた」 と、納乃宮(ののみや)、形のいい柳眉をしかめながら、 「さすがにゾッとして飛び起きた。取るものも取りあえずサンダルだけつっかけて、急いでマンションを飛び出したよ。途中、背中に異様な熱気を感じたから、おそるおそる振り返ったら、紅蓮(ぐれん)の炎に包まれて身もだえながらオレを追ってくる悪霊の姿が今までよりハッキリ鮮明に見えた。このままだと悪霊に憑依(ひょうい)され、魂を乗っ取られてしまうと、オレは察した。さすがのオレも、そこまで強力な怨念を鎮めるだけの力はない。となれば、(あらが)(すべ)は、ひとつだった」 「と言うと?」 「悪霊にトリツカレるくらいなら、悪霊を道連れに、一緒に成仏してやろうじゃないか、ってね。まあ、ガラにもない英雄志向にトッサに突き動かされてさ。それで、歩道橋の上から飛び降りたんだ、自分から」 「ウソだろ、おい……」 これがテレビマンの(さが)で、ポカンと口を開きっぱなしになった帯礼(おびれ)の頭の中では、美貌の霊能力者が夜の都心の歩道橋にポツンとひとりたたずむ場面が、ひとりでに、16:9の画角にてドラマチックに再現されていた。 大きな満月の夜空を背景にして、欄干(らんかん)の上にすっくと立った水干(すいかん)奴袴(ぬばかま)納乃宮(ののみや)が、荒れ狂う炎と化した怨霊に全身を覆われながらも悠然(ゆうぜん)と微笑み、優雅に両手を広げると、直立不動のまま前方にフワリとカラダをかたむけ、風を切って墜落(ついらく)していく、圧巻のシーン。 (まあ、実際は、パジャマ代わりのスウェットとサンダルの姿だったのだが。) 「これで、3人の霊能者たちの死の真相が完全にわかったよ。彼らもオレと同じ理由で、悪霊に憑依される寸前に自分から死を選んだんだ」 と、納乃宮(ののみや)が言葉を続けた瞬間、、突然、窓辺の飾り棚に置いてあった花瓶が「ガシャンッ」と耳障りな音を響かせて砕けると、バラの花と水しぶきをハデにまき散らしながら床に落っこちた。 帯礼(おびれ)は、ギョッとなって腰を浮かせた。 「お、おい。まさか、これも霊のシワザだなんて、言ってくれるなよ?」 「残念ながら。ヤツらめ、しょうこりもなくオレのそばに付きまとって離れないようだ」 納乃宮(ののみや)がそう言ったとたん、今度は、一直線に空を飛んできた真っ黒い1羽のカラスが、病室の窓の外側に「バンッ!」と体当たりするや、ガラスづたいにズルズルと下にすべり落ちて、またたく間に視界から消えた。 帯礼(おびれ)は、カタカタと歯の根を震わせながら、 「ストーカー気質ってのは、死んでも変わらないもんなのか?」 と、思わずつぶやいてから、見えない悪霊の乱心を恐れて、あわてて両手で口をふさいだ。 「まあ、心配するな。オレには強力な背後霊がいるんだ。しかも、3体も。簡単には殺せないさ」 と、納乃宮(ののみや)は、切れ長の目を涼やかに細めて友人を見やり、 「こっちもギャラをタンマリいただいちまってる立場なんで、この間のロケを予定どおりテレビで流すことに異論はないが。しかし、この先、あの廃トンネルには誰ひとり近付いちゃいけない。その点くれぐれも、念を押して視聴者に伝えると、約束してくれよ。さもないと、きっと、オマエにもタタリが……」 「わ、わかった、わかったよ。約束するよ。じゃあ、ともかく、お大事に!」 帯礼(おびれ)プロデューサーは、アイサツもそこそこに、逃げるように病室を去った。
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