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第5話
納乃宮がまだ子供だったころ、近所のタバコ屋の7つ年上の看板娘から、
「和くんが赤ちゃんだったときには、あたしがオムツをとり変えてあげたこともあったんだからね」
などと茶化されるうちに、いつしか、どうしようもなく頬が熱くなるのを自覚するようになったのが、彼の思春期のはじまりだった。
咲き初めの桜の花をほうふつとする、どことなく儚くてシットリした笑顔が印象的な女性だった。
賢しげで少しばかり聞かん気のある納乃宮少年の一途な初恋は、月日とともにジックリひそかに熟成されていった。
いかんせん、納乃宮少年が高校に進学してから間もない時期に、彼女の見合いと婚約が、タテツヅケに成立してしまった。
納乃宮が今もリビングルームに飾っている彼女とのツーショット写真は、彼女の結納の数日前に撮影されたもので。
タバコ屋の店主が、娘のハレの日のために買ったばかりの新製品のカメラの性能を試す目的で、たまたま店の前を通りかかった学校帰りの近所の少年をつかまえ、娘の隣に立たせたものだ。
だから、とても幸せそうな彼女の笑顔の隣に並ぶ、制服姿の彼の笑顔は、どこか少しギコチなかった。
そして、その写真を見つめる現在の納乃宮の顔には、救いようのない悲嘆が付きまとった。
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