ミステリはビター ロマンスはスイート

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「ところで、冷凍庫に入っていたハーレクインロマンスは……?」 「ああ、誠一郎さんの御趣味がミステリやハードボイルドものばかりだったので、たまには甘いものが欲しいと言ったら、手に入れてきてくださったんです。でも、さすがに甘すぎで常温ではあまり食べられなくて……。誠一郎さんがアイスクリームみたいに冷やしたら食べられるかもって、冷やしてくれていたんです。お陰様で、ちょうどいい甘さになりました」 「ええ? 中まで見てなかったけど、あれも……」  フミさんの食べかけ……。  彼女自身は文字を食べるから、人間の料理は作れても味見ができない。だから、料理はしないと言ったのか。 「言葉や文章のニュアンスを味として感じます。だから、砂糖とか塩とか文字を食べれば多分、あなたがたが感じるような味覚を感じることができているのでしょうが、レシピになってしまうと文章の印象が味覚になってしまいます。出来上がったものの味は、やっぱりわかりません」 「……フミさんは、この10年程、親父とどんなふうに過ごしていたんだ?」  それを知ったからと言って、俺はどうしたかったんだろう。俺とお袋が出ていったあと、親父はずっと独り身だった。それはきっと、フミさんがいたからだ。 「誠一郎さんは、言語表現の研究をされていました。外国語の翻訳をする際にニュアンスが合っているのかどうか、私に味見させて確認していたのです。文字であれば、どんな言語であろうと私は食べることができますから」 「ふうん……」  俺は……仕事でフミさんが必要になるわけじゃない。  フミさんは、ふと神妙な顔をして俺を見た。 「まぁ、樹さんは独りですから、お邪魔で無ければ私の方から出向いても良いですよ。何ができるわけでも……ないですけど」
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