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ここから職場に通えないわけでは無い。古い家だが、例え固定資産税がかかったとしても、今いるアパートを引き払って、ここに住んだ方が毎月家賃を払うよりいいかもしれない。二階のかつての子ども部屋は、もぬけの殻のまんまなのを確認していた。
何気なく、書斎の机の上にある本をパラパラめくった。書いてあることはさっぱりだ。ナントカ文学の研究とかしていたらしい。チンプンカンプンの学術書を閉じた後、資料用として購入したらしい文学書を手に取った。外国語は分からない。でも、淡い色使いの表紙に、なんか穏やかな内容の本なのかな、と思った。先程と同じく、パラパラめくる。
あれ? 落丁か……? それとも、プリントミス?
本は途中まで真っ白だった。なんだって、親父はこんな本を書斎の机の上に? あとから出版社に文句を言うつもりで、ここに置いていたのだろうか。今時、こんな不備も珍しい。同じ場所に積んであった他の本も手に取った。適当なページを開いてみて目を疑った。こちらは、中身が真っ白だった。奥付と思しき横文字だけが、最後の方に記してある。これは、こういう本なのだろうか……。
辺りを見回した。日本語で書いてある本はないかと思った。親父は確か、ミステリ小説が好きだったはずだ。部屋の隅で埋もれるようにカラフルな背表紙を向けている本棚を見つけて、適当に文庫本一冊取り出す。息の長いミステリ作家の書いた法廷ものだ。一つ深呼吸してから、ページを開いた。
これもだ。
中は、真っ白だった。慌てて、他の本もとりだす。全部、全部、本文が書いてあったと思しきページは真っ白だった。まるで、最初から白紙だったかのように……。息をのんだ。どの本も奥付だけは残っているのが不思議だった。
「どういう、ことだ?」
押えた口から思わず声が漏れた。
「ごめんなさいね。はらぺこだったのよ」
ふいに耳元で声がして、俺は振りかえった。
だれも、いない。
でも、確かに声がした。若い女性の声だったように思う。
誰だ?
ぞわっと鳥肌が立った。
この部屋には、何か、いる?
まさか……。
無理くり笑顔を作った。
気のせいだ。
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