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いくら一緒に住んでいたことがある親父とはいえ、ここ十年で何があったのだろう。
風呂場の脱衣所の脇にある箪笥から、親父の下着やパジャマを全部出して自分のものと入れ替えた。独り暮らしだったからかタオル類は随分少ない。洗剤類のストックもきちんとしている。シャンプーやボディーソープの類はさすがに自分が普段使っているものに替える。
風呂場から出たところで、誰かがリビングにいる気配がした。ギョッとして、動きを止める。息を殺して、そっとリビングに繋がる廊下を進んだ。すりガラスがはめ込まれた扉の前まで進み、中の様子をうかがう。確かに、何かが動いている。すりガラスの向こうなので詳細は解らないが確実だ。息をのんで、そっとドアノブに手を掛ける。ゆっくり、ゆっくりノブを回し、内側に押し込む。
「あ」
気配に気が付いた人物がこちらを振り向いて、目を見開いた。
「あの……どちら様でしょうか?」
年の頃、俺と同じくらい? リビングに居た白い割烹着を着た若い女性は、些か古風な成りでどう見ても家事の真っ最中ですという雰囲気を醸し出していたが、親父がそんな人を雇っていたとは聞いたことがない。いや、本当は雇っていたのか? ってことは、このヒトは、親父の死を知らないことになる。そんな馬鹿な。
「あれ? 誠一郎さん?」
相手は、親父の名前を呼んだ。
「……のわけないか。そんなに髪の毛がフサフサじゃなかったし。先日の人ね」
相手が何を言っているのか分からないが、その声には聞き覚えがあった。
耳元で囁かれたあの声だ。
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