ミステリはビター ロマンスはスイート

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「どちら様ですか?」  俺は再び尋ねた。間抜けな対応だとは思いつつも、相手が誰なのか解らないと、こちらがどう出たらよいのか判らない。愚直に同じ質問を繰り返すしかない。 「誠一郎さんからは、フミと言われていました。貴方こそ、どちら様でしょう」 「え? 俺? 誠一郎の、……息子」 「ああ、通りでよく似てらっしゃるのね。(いつき)さんでしたっけ?」  フミさんはニコニコと愛想を振り撒くと、さっさとリビングの掃除に戻った。ソファの上に粘着テープをコロコロと滑らせてホコリを取っている。 「あの、先程から何を……」 「見て分かりませんか? 掃除です」 「いや、それは分かりますが、何故あなたが掃除をしているんですか?」 「誠一郎さんに頼まれていたからです」  やっぱり、親父の死を知らなかった系か? 「親父は……」 「知っています。目の前で荷物の始末や形見分けの話とかされましたから」 「え? 目の前で?」    いつのことだ? 「(かしま)しい若者とかも部屋に出入りしてくれましたし」 「フミ……さんて、やっぱりあの部屋にいた……」    オバケ? 幽霊?  「今、オバケって思いました?」 「あ、いや……」  フミさんが険しい顔をしたので、慌てて自分の口を押える。 「ナニモノかが化けたものではないですね。思いの塊が近いかもしれません」 「思いの塊?」  フミさんの言葉を復唱する。フミさんはニコリと笑った。 「文字の連なりに対する執着です。所謂(いわゆる)、『本の虫』です」 「虫?」  俺は呆気に取られてフミさんを見た。どこからどう見ても、生身の娘さんが立っているようにしか見えない。
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