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「樹さんは、ここにお住いになるんでしたよね。よろしくお願いします」
「よろしく……って、ええ? 一緒に住むんですか?」
「正しくは、それ、私のセリフですよね。こちらに何の断りもなく引っ越してきたのは樹さんの方ですから」
だって、こんな存在がここにいるなんてそんなこと知る由もなかったわけだし。
「誠一郎さんからは、なかなか手が回らない家の掃除を任されていました。パソコンは使い方を教えていただきましたのでネットで買い物は出来ます。人間の食べ物は味見が出来ないので料理はしません。悪しからず。洗濯は出来ます。下着を見られるのが恥ずかしくなければお任せください」
「そんな、……親父は『本の虫』を家政婦みたいにしてたのか?」
落語に『バケモノ使い』って演目があったが、まさにそれみたいな。
「家政婦? いや、そういうつもりで無くて、こちらからの純粋なお礼の気持ちでやっているんです。私に『形』をくれましたから」
「『形』を? それってどういうこと……」
フミさんは首を傾げた。
「形があれば、こうしてお話するのも楽でしょう?」
「それはそうだけど……」
「あなたのお母さん、誠一郎さんの奥様は、私の存在を嫌がって出て行ってしまわれました」
「えっ……?」
両親が離婚した原因は、フミさんだったの?
「私のことがお気に召さなかったようです。私を擁護する誠一郎さんも認められないとおっしゃってました。まぁ、私も当時は自我を得たばかりで、かなり混乱しておりましたが」
確かに……人ではないものが家にいて、夫がそれと懇意にしているという状況は普通ではないし、誰にも相談できるものでもない。俺にも理由を説明できなかったのは、その所為だったと、そう言うことなのか。
「では今日の仕事は終いです」
フミさんはそう言うと、割烹着姿のまま奥の書斎に向かって歩いて行った。彼女が書斎の扉を開けて閉める音を聞きながら、俺はこの状況をどう処理すればよいのか戸惑っていた。
え? ちょっと待てよ……。彼女はあの部屋でどういう状況で居るんだ?
俺は、慌てて書斎に向かった。さっきフミさんが開いた扉を開けて、中を見回す。
やはり、誰もいない。
今まで、実体があるように見えたのに……。アレは一体どういうことなんだ?
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