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③
俺たちが恋人として付き合っていくにあたって『どっち』というのは大きな問題だった。できれば早く既成事実を作って、ラクにかかった魔法が万が一解けても一緒に居られるようにしたかった。
あんなにラクの為に離れなくちゃって思っていたのに、『恋人』という免罪符を手に入れた途端、欲張りになってしまったようだ。
だけど、いくら考えてみても分からない。本人に訊くのが一番だけど訊けるわけもない。「ラクはする方?される方?」だなんて……。
想像しただけで顔が真っ赤になる。
そもそも見た目からすると俺の方がする方に決まっているし、100人に訊いたら100人とも俺の方がする方だと答えるだろう。
といってもこういうのはイメージとかじゃなくて当人同士の問題であるし、もしされる方同士だったとしてもラクの事だから、きっといい方法を見つけてくれるに違いない。
「ちゆ? 難しい顔してどうしたの? 誰かにいじめられた?」
ラクに声をかけられてはっとする。いつものラクと一緒の下校途中、折角ラクと一緒だというのにそんな事を考えてぼんやりとしてしまっていた。
「ち……ちげーし……。俺つえーもん。そもそもそんなの俺ぶっとばす、から」
「またぁ、ちゆはけんか強いかもだけど危険な事はお願いだから止めて? いつかひどい目に合うんじゃないかって心配だよ」
ラクはそう言って眉尻をへにょりと下げた。
「――へいき……だし」
「ちーゆー」
顔に似合わない低い声でゆっくりと俺の名前を呼ぶ。
ラクは可愛い顔して時々こういう風に怒る。他のヤツには怒らないくせに俺にだけ怒るんだ。
こういう時のラクは少しだけ怖い。ラクに嫌われる事が怖いんだ。
「ど……努力、する」
「本当、お願いね? ――でも、何を悩んでるの? 僕に言えない事?」
「……言え……ない」
「ふーん、そう。分かった。じゃあ早く帰ろうか」
「……っ!」
今日は二人で学校帰りに本屋に行く約束をしていた。俺たちが付き合いだして初めてのおでかけ。ただ本屋に行くだけだけど俺はデートのつもりで楽しみにしていたのに、俺が言わないから約束は無しにしてそのまま帰るつもりのようだ。悲しくてじわりと涙が浮かぶ。
黙って俯きラクの後をついて行くと、聞こえてきたラクの溜め息。
「――ちゆ。意地悪が過ぎたね。ごめんね。でもちゆも悪いんだよ。僕らの仲で隠し事なんて……。僕はちゆが困ってるなら助けたいんだ。今までだってそうだっただろう? ちゆ、何を悩んでるの? 言って?」
ここまできたらもう誤魔化せない。覚悟を決めるしか……。
ごくりと唾を飲みこむ。
「――どっち……か」
「んん? どっち? 何?」
「ラクはどっちなのかっ!」
頑張って言ったのに、そこまで聞いてもキョトンとするラク。
「僕がどっちって??」
「する方……か、され、る方か……」
「――――――え?」
「も、もういいっ! だから言いたくなかったんだ! もう忘れてっ!」
恥ずかしくて恥ずかしくて、自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。
言うのは言ったしもうあとは知るもんか、この話は終わったとばかりにそう叫んだが、
「何? それってアレの事? ――何でそんな事で悩んでるの?」
返って来たのはそんな答え。
「え?」
だって……悩むだろう? どっちがする方でどっちがされる方か。
それって悩む必要がない事なの?
それって俺たちそういう事をしないって……事?
ラクと付き合う事になった時に感じた少しの不安。
――――もしかして……俺たちって……本当の意味の恋人じゃ……なかった……?
「付き合う?」ってラクは言ってくれたけど「好きだ」とは言ってくれなかった。あれっていつもの俺の為に言ってくれた優しさだった? ただ俺たちが一緒に居る事への理由をくれただけって事?
いや、まさか、そんな事……。
――――ないとは言えなかった。
現に恋人のはずなのにキスもそれ以上の事もないじゃないか。
俺は自分の勘違いに恥ずかしくなり、そしてショックを受けていた。
それからラクは改めて本屋に行こうと誘ってくれたけど、もうそんな気分ではなくて俺はそのまま帰る事にした。
家の前で別れ、中に入ったフリをして閉まりかけのドアの隙間から帰って行くラクの後ろ姿をこっそり見送った。
いつもは見るだけで嬉しいはずのラクの後ろ姿が、今日はつらく悲しかった。
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