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⑤
「った」
思わず声をあげてしまったけど、痛みはなかった。
怒っていても怪我しないように配慮してくれて、やっぱりラクは優しい。
「謝らないよ? 本当どうして千雪はこんなにおバカなの? あの時先輩の誘いに何て答えようとしてた? まさか「うん」って言うつもりじゃなかったよね?」
「それ……は――」
だってラク以外だったら誰だって同じだから。
幼馴染みとしてでもラクの傍にいられるように、だから俺は――。
「はぁ……」
聞こえて来たラクの溜め息にびくりと肩が震えた。
続くラクの言葉に息を飲む。
「――もうっ本当バカっ。何で彼氏がいるのにあんな奴と付き合おうとするの? ねぇ、答えてっ?」
「彼氏……?」
「は? まさか……そんな事も分かってなかった……とか? 付き合おうって言ったよね? そしたら千雪も頷いただろう?」
「だ……だってさそれは俺の為の嘘で……。する方だとかされる方だとか俺たちには関係ないって言った。それにラクには……か……かの……じょが……できたって――」
自分で言ってて悲しくなってくる。泣くなんて面倒くさいヤツだって思われたくなんかないのに涙が溢れて止まらない。
俺の涙を見てか、ラクの表情から段々『怒り』が消えていくのが分かった。
溜め息を吐いて、ガシガシと乱暴に後ろ頭を掻くラク。
「あーもうっ。そっか――そうだよね。あーうん。僕が悪かったんだよね……。はぁあああ……それにしても……本当に……心臓が止まるかと思った……」
そう言うと悲しそうな顔になって俺の事を抱きしめた。
さっき怒ったのも俺のせいだし、今のこの悲しそうな顔だって俺のせい。
どうしてそうなったのかは分からないけど、自分が優しいラクを怒らせ悲しませる事をしたんだという事は分かった。
自分の事よりラクの心の痛みを思うとズキズキと胸が痛んだ。
「――ごめん……」
俺の謝罪にラクは「うん」と小さく言った。
そして俺を抱きしめたまま慰めるように背中を撫でて、ゆっくりと俺に言い聞かせるように話し始めた。
「――あの、さ。あの時付き合おうって言ったのはちゃんと恋愛としての意味で、あの告白はちゆの為というより自分の為だったし、僕はちゆが思ってる程優しくなんかないんだよ。それとちゆがどっちがどっちって言ったのに何でそんな事で悩んでるのって言ったのは、もうそれは決まってたから、だからだよ。僕はする方。ちゆはされる方。決まってるのに何で悩む必要があるのかって意味。あと、彼女? 多分それはちゆの事だよ。僕がみんなから触られるとちゆがおもしろくなさそうな顔するから、最初はそういう顔が可愛くてわざと拒否もしなかったんだけどさ、流石に正式に付き合いだしてからは可哀そうかなーと思って「恋人が嫌がるから触らないで」って言ったんだよ。そしたら彼女って事になってた。だからあれはちゆの事。ちゆ、本当に僕はちゆの事が大好きなんだ。大好きで大好きでつい意地悪しちゃう……ごめんね……」
意地悪なんかされてないのに、全部全部俺が悪いのに、と思いラクの事を見つめていると、ちゅっと泣いて赤くなってしまった目元に落とされるラクの柔らかな唇。
ラクの告白とキス。頭がほわほわになって何も考えられなくなる。
そんな俺を見るラクの瞳はいつにも増して優し気に細められていた。
俺がなんとか覚えていられたのはここまでで、ここ数日の寝不足からかあっさりと意識を手放してしまった。
「これだけでこうだもん……。唇へのキスとかその先の事なんて……オレがどれだけ我慢してるか……」
ラクのその呟きは俺の耳に届く事はなかった。
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