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楽助
オレには小さい頃からずっと好きな子がいる。
名前を猪狩千雪といって幼馴染みだ。
千雪は少しおバカであまり深く物事を考えない。ヘタに考えると大抵おかしな事になるので、オレは甘やかす事で意図的に千雪に深く考えさせないようにしていた。
小さい頃はオレの方が少しだけ大きくて、怖がりな千雪を守っていた。何かあるとすぐにオレのうしろに隠れる千雪。それが可愛くて可愛くてしょうがなかった。
大きくなってもオレたちはずっとこんな感じで、オレが千雪の事を守っていくんだと思っていた。大きく成長した自分と小さく可愛い千雪。千雪が好きだった物語に出てくる王子さまとお姫さま。オレが王子で千雪がお姫さま。そう思っていた。
それなのに成長するにつれぐんぐん大きくなっていくのは千雪だけ。オレは小さいままだ。もうオレの背中に千雪が隠れる事はない。
だけどオレは知っていた。千雪の見た目は変わっても中身は昔とちっとも変っていない。強がっていても怖がりなままだ。
だからオレは千雪を怖がらせないようにこの可愛い外見に似合う言動を心掛けていた。本当は『可愛い僕』なんて大嫌いなのに……。
時々どうしても地が出てしまって千雪を怖がらせてしまう事があるが、あれは千雪も悪いと思う。
千雪の中身は昔のまんま、幼くて可愛いままなのだ。
オレが千雪に対して劣情を抱いているなんて事、これっぽっちも思ってもいないんだろうな。
想像の中で何度千雪にひどい事をしたか分からない。泣いて嫌がる千雪を押さえつけ己の欲を千雪の中に無理やり捩じり込む。最後には千雪がよがって啼くとこまでセットなんだからどんだけ自分に都合のいいようにしか考えられないんだって話だ。
だけど実際は、今その熱をそのまま千雪にぶつけてしまえば怖がらせ、傷つけてしまうだろう。よがって啼くなんてありえないし、最悪嫌われてしまう可能性だってある。だから可愛いフリをして千雪の一番傍で少しずつ慣らしていこうと思ったのだ。ハグや手を繋ぐのだってそうだ。小さい頃から慣らしてきた。
そういう事が普通の事だと千雪に思わせる事でオレは千雪の傍にいる事を許されるのだ。
だからどんなに長くかかっても少しずつでもやっていこうとしていた。
――――なのに。
千雪はよく「俺つえーし、危なくねーよ」なんて言う。
小さい頃のオレのうしろで震えていた姿が全部嘘だったみたいに確かに今ではけんかは強い。
だけど千雪より強い相手なんてゴロゴロいるだろうし、複数でこられたらどうするつもりなんだ。いくら千雪が強くてもそんなのかないっこない。捕まって…何をされるか分かったもんじゃない。
本人は怒り顔でモテないと思っているみたいだけど、本当はすごくモテるんだ。
綺麗な顔を苦痛に歪ませたいとかなんとか、そんな事を言っているのを聞いたのは一度や二度ではない。その度にオレは心臓が握りつぶされるんじゃないかってくらい苦しくなるんだ。なのに千雪は能天気にその可愛さを晒す。
眉間に皺を寄せてみても口をへの字にしてみても可愛いだけなのに、本人だけがその事を分かっていない。
それでも今までは四六時中べったりと傍にいて他を牽制してきた。
なのにここにきてクラスが別れるとか――あり得ない。
いつかはと思っていた告白。千雪はおバカだけどオレの事は大好きだという自信はあった。だけど慎重に事を運んでいた。何かを間違えてしまえばうまくいかないかもしれないと思ったからだ。失敗は許されない。
現に何を間違えてしまったのか、千雪はオレと付き合っているとは思っていなくて、オレを避け誰とも知れないヤツにかっ攫われてしまいそうになっていた。
あの時のオレの気持ちが分かるか??
オレじゃないヤツに簡単に抱きこまれて……っ。
簡単に触らせてんじゃねぇ……っ。
あの時の事を思い出しぐっと握り込んだ手の平に、爪が食い込み血が滲むが痛みは感じなかった。こんな傷なんかより胸の痛みの方が何倍も痛かったからだ。
オレが千雪以外の誰と付き合うって言うんだ? 千雪以外はっきり言ってジャガイモにしか見えてないのに、ジャガイモに好きも嫌いもないだろう?
オレがもっと……千雪より大きくて頼りがいのある男だったら……お前もオレの事を信じてくれた?
ちゆ、ちゆき……千雪、お願いだからオレの愛を疑わないで?
オレの目元へのふいのキスに、未だ夢の中にいる愛しい人の頭をそっと撫でた。
「愛してるよ……」
千雪が大丈夫と思えるまでオレは『可愛い僕』でいるから、今まで以上に慎重になるから、だからお願い。
「――オレから離れていかないで……」
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