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 目を覚ますとそこは保健室のようで、オレはベッドに寝かされていた。 「……ああ……オレ……気を失って――」  ひとりきりだと思い、誰に聞かせるつもりもなくそう声に出して呟いた。 「――――起きた……?」  なのに傍には誰かいて――――。いや、誰かじゃない。  愛しい人の声をオレが聞き間違えるはずもなかった。  やっぱりさっきオレを抱き留めてくれたのは千雪……。  どうして……? 「――なん……で?」  緊張に声が掠れる。  久しぶりに聞く千雪の声に耳が心が全身が喜び震えるのに、オレの事なんか放っておいてあいつのとこに行けよと、いじけた子どものように叫んでしまいそうになりぐっと唇を噛みしめた。  千雪の事が好きで好きで、好きすぎて……辛い。 「それはこっちのセリフ……。何で俺を避けるんだよ。俺、何かした?」  それなのにまるでまだオレに気持ちがありそうな千雪の言葉に、一度は抑えたはずの感情が抑えきれずに零れ出た。 「――――もうオレ大丈夫だし、あいつのとこ行けば? いくらオレたちが幼馴染みっていっても恋人が他の男と二人っきりなんて、あいつも嫌だろうしさ。ちゆ……きだってオレの事なんてもう――」  そう言った後、何の反応もない事に不安になりちらりと千雪の方を窺えば、千雪の少しつり上がった目からは大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちていた。思わず手を伸ばしそうになるがすぐに引っ込めた。 「ちゆ……き」 「ぃやだ……。何でそんなひどい事言うんだよっ。あいつって誰の事だよっ。何で俺とラクの話に他の誰かが関係するんだっ。ラクじゃない誰かのとこなんか行きたくないっ! ――俺、ラクがいないとうまく生きられない……っ。うまく息する事も……できなく、なるんだ……っ! ――ひぅ……っ」  そう叫び、はひゅっと本当に息ができないのか苦しそうに胸を押さえ顔を歪めている。顔は青ざめ唇も段々色を失っていく。オレは慌てて千雪の肩を掴むと声をかけて呼吸を促した。 「ちゆっ……! ほら、吸って……吐いて‥‥。ちゃんと息して……っ。そう、そうだ。上手だ……」  オレの誘導に従いなんとか息を始めた千雪。  どういう事だ? あの男はどうした? 千雪がこんな状態なのにあの男は何をしているんだ?  千雪がぞんざいに扱われているのかもしれないと思うとあの男に対する怒りが爆発しそうになった。  やっぱりあんな男に大事な千雪を任せてなんかおけるもんかっ。  最初は泣いて嫌がるかもしれない。だけど構わない。今度こそ何があっても千雪を離さない。オレが、オレじゃないと、オレだけが――っ!  仄暗い感情に支配されそうになっていたオレの唇に、突然柔らかい何かがふにっと触れた。 「――へ……?」 「……」  目の前には真っ赤な顔でオレの事を睨みつけている千雪がいて、さっきの唇に触れた柔らかい物が千雪の唇だったと分かった。  何か言わなきゃと思うのに上手く言葉が出て来ない。 「――――俺の事……嫌い……?」 「は? 何言って……嫌いなわけないっ。何があったってオレがちゆの事を嫌いになんか絶対にならない」 「じゃあ何で? 何で俺の事避けたんだよ。何でオレの恋人がまるでラクじゃない誰かみたいに言うんだよっ」  オレを見つめたまま再びぽろぽろと泣きだす千雪。  その顔を見たら、さっきまでの狂気じみた考えなんかどこかへ消えていった。  千雪にこんな顔をさせて泣かせているのは他でもないオレ……? 「それは……ちゆの様子おかしくなってオレとは帰らなくなったし、オレに内緒で出かけて……あいつと……いたから」 「あいつ……? さっきも言ってたけどあいつって誰?」 「とぼける必要なんかない。オレはさ、ちゆの事が本当に好き。多分ちゆが思ってるよりもっとずっと好きなんだ。ちゆが引くぐらい前からちゆとHな事するの想像してた。何度も何度もちゆの事頭の中で犯してた……。そんな事興味ありませんなんて余裕ぶってオレはちゆを何度も何度も……。それでもオレといたい? ちゆよりちっちゃくて全然男らしくないオレに抱かれたいって本当に思うの? ――あの日、ちゆとあいつが楽しそうに笑い合ってるのを見た。それ見てオレ、二人がお似合いだって思ったんだ。頭ではあいつと一緒の方がちゆは幸せになれるって思うのに、自分の気持ちを抑えられなくて何するか分からない、から――」 「だから俺から逃げた?」 「そう……だな。逃げたんだな。オレは」 そして「――はぁ……恰好悪……」と小さく呟くと、千雪は「違う!」と叫んだ。 「ラクは恰好悪くなんかない!ラクはいつだって恰好いいんだ! 俺の幼馴染みで王子さまで、――恋人だ。俺とあいつがお似合いとかあいつと一緒の方が幸せになれるとか、勝手に決めつけるなっ。俺にはラクがお似合いでラクとじゃないと幸せになんかなれないのにっ」  オレに視線を外す事を許さないとばかりに強く見つめる千雪の瞳。  千雪は怖がりだったけど、小さい頃からオレだけをまっすぐに見つめていた。 「そのラクが見たっていうのは多分バイトを紹介されたからそのお礼を言ってた時で、本当にそれだけなんだ」 「バイト……?」 「うん。だって……これ……」  ゴソゴソとポケットから出して見せたのは綺麗にラッピングされてたであろう小さな箱。何があったのかリボンは解け、箱は少しだけ潰れていた。  オレは千雪からそれを受け取って、恐る恐る包みを開けてみた。  包みを開いて中にあったのは小さなビロードの上品な箱だった。
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