1. アキレスよ、亀を追い抜け。ただし、数学的に!

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1. アキレスよ、亀を追い抜け。ただし、数学的に!

 むかしむか~~~し、今から2400年ほど前のギリシャに、ゼノンと呼ばれる屁理屈屋がいた。  彼は数学に精通していた。が、数学を現実世界に当てはめる時、いくつかの矛盾が生じると明らかにした。  彼が指摘した矛盾の中で、最も有名なものが『最も速き者が、最も遅き者に追いつけない』とするもの。後に、『アキレスと亀の競争』に喩えられた。  陸で最も遅き亀。陸で最も速きアキレス。競争をすることになった。  亀にはハンデとして100メートルが与えられた。アキレスは亀の10倍も速く走れるのだ。  スタート!  たちまち、アキレスは100メートルを走った。  が、亀は10メートルだけ前に進んでいる。  亀の10倍の速度で、アキレスは迫る。  アキレスが10メートルを走ると、亀は1メートル進んでいる。  また、アキレスが1メートル走ると、亀は10センチ進んでいた。  さらに、アキレスが10センチ走ると、亀は・・・  ・・・  こんな事の繰り返しで、アキレスは決して亀に追いつけず、決して追い抜けない。  これが『ゼノンの逆理・アキレスと亀のパラドックス』だ。  さあ、このパラドックスを検証してみよう。  A地点からB地点へ移動する。これを数学的に表すと、3個の変数がからむ問題と分かる。  1.A地点からB地点までの距離  2.A地点からB地点までかかる時間  3.A地点からB地点まで移動する速度  (距離)=(時間)X(速度)  3個の変数は上記のように関係している。  先ほどの競争では、3個の変数から『時間』が抜け落ちている。なので、時間と関わりの深い『速度』は相対表現となっている。  移動を2個の変数だけで処理しようとするところに、この議論のパラドックスが見えてくる。  なぜ、ゼノンの逆理から『時間』は抜かれていたのか?  実は単純な事で、ゼノンの生きていたギリシャ時代には『時間』の概念が未成熟だったから。  ギリシャ時代の時間の最小単位は『1日』だ!  日の出から日没までが、1日。日の入りから日の出までが、1夜。特殊な場合として、日の出から太陽が真上に来るまで、真上の太陽が沈むまでの『半日』が使われていた。  なので、ギリシャ時代に、移動にまつわる3個の変数を使って議論するならば、以下のようにしなければならない。  アキレスは1日に40キロを走る。  亀は1日に1キロを行く。  アキレスと亀が、エジプトのカイロから、ギリシャのアテネへ競争した。亀にはハンデが与えられ、アテネ寄り100キロの地点からスタートする。  3日目、アキレスは亀に追いつき、追い越している。  全く矛盾無く議論できた。  が、これを競技場の中でやると、議論が成立しなくなる。  アキレスも亀も、当時の時間の最小単位、1日の中でスタート地点からゴール地点まで行ってしまう。  誰の目にも、アキレスが速いのは確実なのに、数学的に証明できない。  アキレスと亀の競争で、状況を限定しない普遍的な数学の議論が成立しない時代であった。  分や秒を測れる時計ができた時、自然と、このパラドックスは解決するのだ。  ところで、1964年の東京オリンピックまで、陸上や水泳の記録は手動のストップウオッチを使って測っていた。  なので、世界記録は0.5秒きざみだった。3人の記録審判が同時にストップウオッチを押すのだが、これ以上の精度を出すのは不可能な時代であった。  当時、100メートル走の世界記録は10.0秒だ。これを上回る新記録を出すには、9.5秒のタイムを出す必要があったのだ。ウサイン・ボルトだって、こんなタイムでは走れない。当時の選手はかわいそうだね。  時間的には同着だが、写真判定により、胸の差で・・・そんな風に、1位と2位が決定していた。テレビアニメ『魔法のプリンセス・ミンキーモモ』には、写真判定により舌の差で・・・なんてギャグがあったな。    東京オリンピックで、一部の競技に試験的に電気時計が導入されていた。  100メートル走の準決勝で、アル・ヘイズが9.9秒を記録した。が、まだ当時の電気時計は信頼性が低く、参考記録とされた。  でも、これが転機となり、公式記録は0.1秒きざみの時代が訪れる。  現代では、0.01秒の差まで公式記録とされる。  冬のスポーツの花形、ノルディックジャンプの飛距離は50センチ刻みとなっている。着地斜面に審判が並び、着地を見守る。50センチより密に審判を置けないので、これより精密に飛距離を出せない。飛距離に差が付けられないから、飛形点なんて基準を作ってごまかしている。  が、高解像度の高速撮影ビデオが開発されている。飛距離を10センチ以下の刻みで判定できる時代が目の前に来ている。そうなれば、飛形点なんて訳の分からないものは要らない。選手や観客が受け入れられるか、それが問題となるけど。  ひねくれ屋は、現代における『アキレスと亀の競争』を探す。  電子とニュートリノが100メートル競走をした、どっちが速い?  ・・・  残念ながら、現代の技術では、たった1個の電子やニュートリノの位置と速度を同時に確定する事は・・・不可能。不確定性原理と言う魔物が競争の観測にベールをかける。  数億個とかの粒子群なら観測できる。でも、群の先頭を測ったのか、中ほどか、最後尾か、そこが判別できない。  探せば、どんな分野に『アキレスと亀の競争』が潜んでいるか。それを見つけるのも科学である。
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