2. 矢よ的に当たれ、数学的に!

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2. 矢よ的に当たれ、数学的に!

 さて、ゼノンの逆理の中に、『矢は的に当たらない』と言うやつがある。  弓で矢を射る。矢は的に向かって飛んで行く。  まず、矢は的への中間地点、2分の1の所を通る。  矢が飛んで行くと、次ぎに4分の1の所を通る。  さらに飛ぶと、8分の1の所を通り・・・16分の1の所を通り・・・32分の1の所を・・・  かくして、どこまで飛んでも、次々と中間地点があるので、矢は的に当たる事ができない。  アンビリーバーボー!  物体の移動を議論しているようで、実は、当時の計算法の問題点を指摘する逆理であった。  当時の数の概念は、『1』を基点とするものだった。  なので、暦は1月1日から始まるのだ。  1の次には、2がある。そして、3、4、5・・・と数字が並んで無限大へと行く。  1の前には、2分の1がある。そして、3分の1、4分の1、5分の1・・・と小さくなる分数が並んで無限小へと続く。  この概念を元に、ゼノンは逆理を説いた。  弓から放たれた矢は、的との距離を無とすべく飛んで行く。  が、無は計算できない、数字ではないから。  数学的には、矢は的に当たれない・・・時代であった。  この計算法で、エジプト人は巨大なピラミッドを造ったし、ローマ帝国は栄えた。  現代でも、「すべてを1からやり直して」などと言う。わたしたちの生活に、古代の計算法は根付いている。  ゼノンから1000年後、西暦500年の頃、インドで画期的な計算法が発明された。 『0』を基点とする10進法だ。  当時、インドは東西交易の中心。商人たちは貸し借りを繰り返した。で、貸しが無い、借りが無い・・・この両方の状態を1つの数字『0』として表した。  0の右には貸しとして、1・・・2・・・3・・・と数字を並べ、無限大へと行く。  0の左には借りとして、マイナス1・・・マイナス2・・・マイナス3・・・と負の数字を並べて、負の無限大へ続く。  インドで弓から矢を放てば、的との距離が0の所へ飛び、みごと、矢は的に当たる事ができるようになった。  時が経ち、10進法が日本に来たのは、600年後であった。  平家が宋銭を輸入して、それを運用する時に10進法を使った。平清盛は平家銀行を経営、とてつもない財を築く。  借金に利息をかける、積み上がった利息にも利息をかけて複利とした。その概念を初めて導入したのだ。中国から金利計算のスペシャリストを招き、運用にあたらせた。  が、飢饉が来た。  多くの銭があっても、買う物が無い。バブル崩壊、インフレが起きた。  かくして、平家は没落する。  残念な事に、平家の盛衰を語り継ぐ人々は経済や数学にうとかった。諸行無常と仏教概念で云うのが精一杯。  平家は滅びても、平家銀行は瀬戸内商人に姿を変えて生き残る。豊臣秀吉に対して、瀬戸内海を所領としたい、と豪語する商人もいた。  戦国時代を制したのは、計算に明るい大名であった。  羽柴秀吉は銭を槍のように使った。敵方の城下から食料を買い占め、敵方陣営を乾し殺しにする戦法を何度か使う。逆に徳川家康はケチケチ体質で、青銭を積み上げる家臣の話しは有名だ。前田利家がソロバンを持ち歩いたのも知られている。  16世紀のイギリスでも、10進法計算は庶民に普及していなかった。  10進法を使いこなしていたのは、アラビアとの貿易をになっていたユダヤ人。そうして財を成したユダヤ人をからかったのが、シェイクスピアの戯曲『ベニスの商人』だ。古代からの計算法はしぶとかった。  実は、古代の計算法は『対数』と呼び方を変え、現代数学の中に生きている。  物理学では、ケルビン温度は対数で表現される場合が多い。極限の低温を『絶対0度』などと言う場合もあるけど、『絶対無温度』と言う方が理にかなっている。マイナスの温度は存在しないから。  現代物理学では、熱は分子や原子の振動として理解されている。  分子の熱振動が激しくなると、原子の連結が崩れて、分子は原子に分解する。分子の熱振動を極限まで抑え込む・・・冷却すると、分子間を行き交う電子の相が変わり、超伝導などの現象が起こる。  絶対無温度とは、原子の熱振動が無くなってしまう事・・・だが、いくら物質を冷やしても、原子の振動は消えない。  理由は、原子の中で電子が運動しているから。原子の中では抵抗が無いので、電子は永久的な運動が可能とされる。  原子の中にある電子の運動には最低量があり、それは0(ゼロ)ではないらしい。電子が原子核を回って定在波を作るためには、少なくとも1以上の周波数が必要だ。この場合、定在波の周波数は電子のエネルギーに相当する。  もしも、電子の運動量が無くなってしまったら、電子は原子核に落ちる。電子はマイナスの電気を帯びており、原子核の陽子はプラスの電気を帯びているので、プラスとマイナスが引き合うのだ。  電子は陽子と合体して、中性子となる。で、別の原子になってしまう。ただし、中性子が多い同位体の状態。こうした原子は不安定で、多い中性子を放出するか、核分裂して安定な原子になろうとする。  温度を無くして、冷え切ったはずの物質は、激しいエネルギーを放出する・・・はずだ。  パラドックスが復活した・・・
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