第1ラウンド VS旭

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 あたしは紙の角を整える手を止めた。夏休み前に屋上で真昼が言ったことを思い出したのだ。 『お前の好きは間違ってるって、旭にも言われた』 『じゃあどうやったら間違いじゃなくなるんだ?』  あたしは口を開きかけたが、階下からの物音によって言葉を遮られた。続けざまに二回。何か固いものが床に落ちたような鈍い音がする。 「うわ、始まった。母さん帰ったんだ」  そう呟いたのは旭さんだ。夕仁くんがスマホを置いて立ち上がる。 「僕、様子見てくる。本当にヤバかったら止めなきゃいけないし」  走り出した拍子に夕仁くんの左足のスリッパが脱げて転がる。しかしよほど慌てているのか拾おうともせずにぱたぱたと走っていく。  左足の青いスリッパは百八十度ひっくり返っていた。これが靴飛ばしの天気占いなら明日は雨だろう。  スポットライトのような窓からの光がそれを意味ありげに照らしだしていたが、ふいに暗転した。旭さんがベッドから起き上がって「眩しい」とカーテンを閉めたのだ。 「まったく。困っちゃうねぇ、母さんも真昼も」 「お母さん、優しそうでしたけど厳しい方なんですか?」  旭さんの顔がくしゃりと歪む。まるで太陽をじっと見つめ続けているような、限界寸前でこらえている顔に見えた。でもカーテンは閉まっているからそれは眩しさのせいではない。
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