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気づいたら、あたしは『東京 浜松 新幹線』で調べていた。
『将棋なんかいくら強くたって意味がないしね』
この前の旭さんの言葉が痛みをともなってあたしの心に響く。
旭さんはどうしてあんなに自分に自信がないのだろう。
どうして対局の前日にこんなものを見てしまうのだろう。どうして、あんなに人気者であんなに女の子からモテモテであんなにすごい才能を持っていても、自分が真昼に劣っているかのような言い方をするのだろう。
あたしは旭さんの番号にもう一度電話をかけた。
「旭さん、まだネクタイ買いに行かないでください!」
『え?』
「旭さんが言ってるのってあの湯呑みたいな趣味の悪いネクタイですよね。どこにしまってあるんですか? どこのホテルに届けたらいいんですか?」
電話の向こうで旭さんが一瞬声を詰まらせる。
『……本当に来てくれるの? なんで?』
「なんでって、だって、勝負ネクタイなんですよね。それがあれば旭さん、勝てるんですよね?」
旭さんはしばし黙りこみ、それから噛みしめるように頷いた。
『うん。勝つよ』
変なの、とあたしは思う。
こんなの一円の得にもならないのに、あたしはこれから養生テープを買いに行かないといけないのに、それでも旭さんを放っておけないと思ってしまうんだ。
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