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顔を上げたらヤツはもううつむいてなどいなかった。あの神妙な様子はどこへやら、いつもの不敵な笑みでこちらを見下ろしていたのだ。
「俺は鳩サブレなんだから、バレーやっててかっこいいのは当然なんだよ。見直したか」
「鳩サブレ……?」
しばし考えて鳩サブレの正体に行き着き、あたしはふぐっと吹き出した。
「たぶん、鳩サブレじゃなくてサラブレッドじゃない? 馬の話なんだから鳩じゃないよ」
「サラダブレッド? そっちこそ馬の話ならサラダもパンも関係ないだろ。ピィ子は食い意地張りすぎだ。絶対俺が合ってる」
「だから違うって」
あたしがお腹を抱えてくつくつと笑っていると、真昼がふと「あのさ」と切り出した。
「絶対春高に出る。そしたら応援、来てくれるか?」
「気が向いたらね」
それを聞くと真昼は満足げな顔で大あくびをし、目を閉じた。
「眠いならベッドで寝たら?」
それに対しての返答はない。かわりに聞こえてきたのは規則正しい寝息だった。
――おいおい、好きな女子と同じ部屋で寝られるわけないんじゃなかったの?
バスルームのタイルと脱衣所の床を隔てているドアの溝をまたいでこえて、あたしは真昼の寝顔をのぞきこんだ。
ムカつくやつだが、口が半分開いたその寝顔は幼くてかわいらしい。あたしは彼の体に毛布をかけ、その寝顔にマッキーで落書きしてやった。
もちろん、翌朝に真昼が「もうお前のこと好きなのやめる!」と叫んだのは言うまでもない。
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