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一通りの仕事を終えて帰ろうとすると、家を出たところで旭さんに呼び止められた。
「ピィちゃん」
なんですか、と問う暇も与えられずに後ろからいきなりハグされた。
大通りを暴走しているバイクのエンジン音も、近所の家から漏れる笑い声も、風の音も、一瞬にして遠ざかる。
旭さんのシャツの袖からは、真鍋家で使っているお高いメーカーの柔軟剤の匂いがした。
あたしは慌てて旭さんの腕から逃れようともがいた。ハグしてきた強引さとは裏腹に、旭さんはあっさりと離れていく。
「いくらバトルとやらに勝っても付き合いませんからね! 解雇になっちゃいます! もうマジで解雇な五秒前くらいですからね!」
「今のは静岡まで届けにきてくれてありがとうのハグだよ」
「それは当たり前のことです。忘れ物を届けるのも拡大解釈すれば家政婦の仕事だからです」
「でも、勝てるって信じてくれてた気持ちは仕事じゃないでしょ? 『ネクタイがあれば勝てますよね』って言ってくれたとき嬉しかった。いきなりハグしてごめんね」
旭さんはちっとも悪いと思ってなさそうな口調で謝り、自分の胸元を右手でそっと押さえた。
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