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夕仁くんが差し出してきたメモを受け取り、あたしはそれに視線を落とした。
「ヤクオリロ」という五文字が目に飛びこんでくる。筆跡を隠すためなのか、一角一角定規で引いたようなまっすぐな線で書かれていた。
ヤクオリロ。役降りろ。
おそらくそれがさすのは、先ほど決まった文化祭のクラス演劇の配役のことだろう。
メモを掴むあたしの手がぶるぶる震える。夕仁くんが上から手をかぶせてきて、メモごとあたしの手を包みこんだ。
「ピィ先輩、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫」
「でも、こんなに震えてるじゃないですか」
「それは」
夕仁くんが顔をのぞきこんできた瞬間、あたしは勢いよく頭を上げた。
「武者震いだよ!」
あたしはメモを読めないくらいにびりびりに破いてその場に投げ捨ててやった。ヤクオリロが紙吹雪になって散る。
夕仁くんがぽかんと口をあけている。そりゃそうだ。彼は心から心配してくれていたのだから。
「役降りろって言われたって、こっちだって好きでやってるわけじゃないつーの!」
あたしは床に落ちた紙吹雪を睨みつける。
グッバイ悪意。あたしがこんなものでしおらしく傷つくと思ったら大間違いだ。
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