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「よっ、ピィ子」
振り返ると、真昼があたしのブラウスの首根っこを掴んでいた。
迎えにきてくれたのだろうか。一瞬そう思ったが、その手に握られているのは黒い傘だけ。三人兄弟で家に傘が一本しかないなんてことはないだろうから、つまり、真昼はあえて一本しか持ってこなかったのだ。
雨に濡れるあたしを笑って見物するためだけに。
あたしは真昼を無視して雨の中を全力で駆け出した。
「待て、ピィ子!」
真昼が叫んでいるが、待てと言われて立ち止まるくらいなら最初から逃げたりなどしない。
不意打ちでスタートダッシュを決めたため、坂の手前までは真昼との距離も開いていた。
しかし現役運動部員には敵わない。あたしを呼ぶ真昼の声はどんどん背後から迫ってきて、やがて、坂の途中で追いつかれてしまった。
「荷物、俺が持つ。そのために来た」
買い物袋の取っ手を掴まれて真昼に引き止められる。
その拍子に取っ手の片方があたしの手から離れて宙ぶらりんになり、買い物袋は地面に向かって大きく口をあけた。
中に入っていたじゃがいもがごろごろと袋から転がり落ちる。
あたしは慌ててかがんで手を伸ばしたが、じゃがいもはすんでのところであたしの手をすりぬけていった。物理法則が後押しし、じゃがいもたちは濡れてその表面の色を濃くしながら坂道をどんどん加速していく。
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