第1ラウンド VS旭

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「ピィちゃん、今日こそおれと付き合う気になった?」  リビングに入ってくるなり、旭さんがあたしにそう笑いかけてきた。これはもはや挨拶みたいなもので、普段だったら受け流しているところだ。  でも今日は、椅子に座る旭さんの前に夕食を並べながら笑顔で頷いてみせる。 「いいですよ、旭さん。付き合いましょう」  リビングで肩のストレッチをしていた真昼の関節が曲がらない方向に曲がった。ねじれた肩甲骨がゴキッと音をたて、真昼がヨガマットの上で悶絶する。 「ピィちゃん、いいの?」  立ち上がろうとする旭さんをあたしはてのひらで制した。 「でも、お付き合いの前にお話ししておかないといけないことがあります」  今が毒を放つタイミングだ。  意を決し、あたしは鼻の穴をふくらませて大きく息を吸う。それから、頬にかかる髪の毛をわざとらしく手で払ってみせた。 「実は、あたし、本命の彼がいます。二番目の男でよければ旭さんと付き合ってもいいですよ」  イメージ通りであればきれいな曲線を描いてなびいたはずのあたしの切りっぱなしボブは、なびかせるには短すぎたのか、顎のあたりでばらばらと毛先を踊らせただけに終わった。  あたりが静まりかえる。旭さんも真昼も鳩が豆鉄砲を食ったようにぽかんと口をあけている。
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