2.鼻歌でシャボン玉を割る

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2.鼻歌でシャボン玉を割る

――いいから玉入れに出てよ。  娘の運動会、父兄参加競技にみつけた、『袋跳び競争』に丸をしようとする私のペンを奪って、娘は玉入れに丸をしてしまった。私が買ってあげた髪留めを着けたままで。  リモコンでテレビを点けるように、まだ娘も自分の一部であるような錯覚が日ごと薄れていく。それは成長という名前の砂時計ひっくり返しの儀であって、人間界の約束事だから、人魚の私がとやとや言うことではない。それは理解していても。  ストレスだ。  海、星との共演。  歌に沈む船。あぶく。  陶酔の全てを捨てて、人間の母親をやっているのに。 ――眠たくなるから鼻歌やめてって言ってるじゃない!!  浴槽で尾鰭がストリップする。  淡水の42度が雫になるまで、瞬き速度を調節して私。鼻歌。あの日、星が教えてくれた歌。本気になれば地球ごと沈められる歌。  尾鰭のストリップ。  『袋跳び競争』でなら一等賞になれた。CMで綾瀬はるかもやっていた。私は人魚界の綾瀬はるかになれるかもしれなかったのに。  涙が黒ずんだタイルにこぼれる。仕方なしに目で追う。娘用のシャンプーが浴室の突発的くしゃみ、のようにクチャっとポンプされた。ポンっと小さく一個の泡が発射された。 ――眠たくなったら眠ればいいじゃない。  私はデジタル表示の時間を見る。もう十時半。小学生はおねむに丁度じゃないよ。  そう思いながらも、内心でおっかなびっくり。娘は小学五年生になって変に居丈高になってきた。何処ぞに自信のナイフを隠し持っているかしれない。怖い。けど、ストレス。と、シャボン玉。  私は唄った。  地球を沈める歌の少し。を。 ――お母さん!!  娘が髪留めを外して投げてきた。  当てるつもりがなかったのか、コントロールがノーなのか、髪留めはシャワーヘッドの上で永遠にクルクル回っている。  シャボン玉が弾けたのは、娘が浴室の扉を開ける少し、前だった。 
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