愛とお雛様

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 小学生なって二度目の夏休み。愛は初めて親元を離れ、祖父母のいる夕張に遊びにいくことになった。迎えにきた基子に連れられ、札幌駅のバスターミナルへと向う。  約束通りお弁当を買ってもらった愛は、一刻も早くバスに乗って、お弁当が食べたかった。 「愛ちゃんの生姜焼き弁当、量が多いけれど、全部食べられるかしらね?」  お弁当を膝に乗せた愛の顔を基子は覗き込んだ。  夕張行きのバスは夏休みに入ったということもあり満席だった。札幌から夕張へは、鉄道を使っても行くこともできる。石勝線の特急に乗って新夕張まで行く。そこから夕張行の支線に乗り換えて、途中駅の清水沢の駅で降りるのだ。だが、バスだと乗り換えることなく直接清水沢まで行ける。したがって、多少時間はかかっても、費用も安く楽だったので、基子はバスを選んだのだ。  窓際に座った愛は畑ばかりの景色に魅入った。放牧されている牛、白樺林とサイロ、ジャガイモ畑に、トウモロコシ畑。それらのパッチワークつづく。おまちかねのお弁当は、生姜焼きの肉は見本と比べるとやや小ぶりに思えた。かぶりと噛んでみる。お母さんの味付けよりも甘辛い。付け合せに、甘い卵焼きとしょっぱいおつけもの。キャベツは少し硬かったけれど、愛はどれも美味しいと思った。隣に座る基子はおいなりさんを食べていた。 「おばあちゃん足りるの?」と、思わず質問していた。 「ええ、足りますとも、おばあちゃんくらいの歳になると、そうは、たくさんは食べられないわ」  バスを降りたとたん、わっと賑やかなセミの鳴き声に囲まれた。去年、訪れたときに覚えた道を辿るように愛は歩いた。石炭の欠片が散らばる坂道を登る。やがて、連なる炭鉱長屋が見えてきた。一年前は他人の家を祖父母が暮らす家と間違えた。  夕張の山の地形に沿って、階段状に建てられていた長屋は。一棟が二戸、あるいは四戸が同じ形をしている。むき出しの木材の壁面は、あの名作映画『幸せの黄色いハンカチ』に登場した炭鉱住宅そのもの。玄関はお揃いの三角屋根の庇がついている。ブリキのポストもお揃い。同じ格子窓に、同じ高さの煙突も並んでいる。唯一の違いは、カーテンの色や植木鉢くらいだろう。したがって、幼い愛が祖母の家を間違えるのも無理もないことだった。 「ただいまーー」  がらんと静まり返る家におばあちゃんの声が響いた。なんとも言えない他所の家の臭い。愛は遠くにきてしまったことを実感する。玄関を入ってすぐの和室に荷物をおくと、台所までいって手を洗う。去年と同じで夏場の石炭ストーブは静かに鎮座していた。おばあちゃんはヤカンに水を入れてお湯を沸かす。水羊羹の缶詰を開けて、小皿に入れると座卓においた。 「さぁ、甘いものを食べながら、一休みしましょう。長旅だったから疲れたでしょう? 羊羹食べたら、愛ちゃんはお昼寝をしたらどうかしら」 「だいじょうぶ! わたし眠くないもん」  愛はちっとも眠たくなんかなかった。それよりも、家の周りを探検したくてしかたがなかったのだ。 「そうそう愛ちゃんにね、今は時期じゃないけれど、昔のおひな様をあげようと思っていたの。去年遊びに来た時に、見てもらうのをすっかり忘れてしまっていてねーー」  そう言って基子は仏間に行くと押入れを開けた。 「たしか、ここへ入れていたはずなのに、見つからないわね……」  基子はしばらく押入れの中を探したが、それらしいものが見つからないのか、諦めたようすで戻ってきた。 「まぁいいわ。きっと別の場所に入れたのを忘れてしまったのね。そのうち見つかるでしょう」そう言いながら、祖母はお茶をすすった。    
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