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愛は自分が誇らしかった。花嫁さんのベールを持つ大役を任されたからだ。
六月の日曜日。北国の晴れやかな青空の下で行われた結婚式。愛は係りの女性にベールの裾を渡された。従妹の智子と二人一緒に並んで、花嫁の景子さんの後ろをしずしずと歩いた。ドアが開き、牧師さんと新郎の正幸おじさんが待っている祭壇に向かって進む。列席する親族や、友人たちから祝福の歓声や拍手がおこり、愛はまるで自分が花嫁のなったかのように、神妙な面持ちになった。ステンドグラスが眩しくて。花嫁さんはもっと眩しくて。自分も大きくなったら景子さんみたいな綺麗な花嫁さんになりたい。手に持つベールを見つめながら、愛は胸を膨らませた。
愛がお呼ばれした結婚式は、中島公園を臨む老舗ホテルで行われた。新郎の正幸さんは祖母の弟の息子にあたる。愛の母とは従妹同士の関係だった。昔、戸ノ内家は武士の家系だった。ご先祖の戸ノ内直之が、明治の世になって、新天地を求めて北海道に渡った。いわば戸ノ内家の跡取りの結婚式であった。
愛は親族の円卓に両親と祖父母の間に座った。母親の康子は、十カ月になる弟の大輔にかかりっきりになっている。弟はホテルが用意したベビーチェアにちょこんと座って、傍にあるものならなんでも鷲掴みするから、目が離せなかった。披露宴のお料理はフランス料理が振る舞われ、子供用にお子様ランチが運ばれてきた。その豪華さに愛は息を呑んだ。
「愛ちゃんのお父さんとお母さんもここで結婚式を挙げたのよ」
祖母の基子が囁いた。
「愛、お父さんとお母さんの結婚式に出たかったな」
基子はくすくすと笑った。
「そうね、愛ちゃんはまだ生まれていなかったものね」
「ねぇ、弘子ちゃんの結婚式にも、出たいな」
弘子ちゃんとは新郎のすぐ下の妹のことだった。
「さぁどうかしらね、普通は、はとこは結婚には出席しないものなの。だから、今回は特別。愛ちゃんにベールを持ってほしいっていう、花嫁さんからのリクエストだったのだもの」
そうは言っても、ご馳走に、ベールを持つという大役。もう一回くらい出てみたものだと愛は思った。
「ねぇ愛ちゃん、夏休みにおばあちゃんのところへ来ない?」
基子は愛の気をそらすように言った。
「えっ?――うん 」
「おばあちゃん、愛ちゃんを迎えにくるから、一緒に夕張にいこう」
「いっしょに?」
「そう、一緒に。愛ちゃんは二年生になったんだもの、一人でお泊りできるわよね?」
愛は考えてもみなかった。お母さんと離れて夕張に行くだなんて。そうしたら急に初めて幼稚園バス乗ったときのことを思い出した。窓ガラスの向こうで手を振る母の姿を。バスが出発して、鳩尾がぎゅっと縮んで痛かったあの時の感覚が蘇った。
「お昼はお弁当を買って、バスでいただきましょうね。それから炭鉱の村を訪れて、そうそう、七夕のお祭りがあるわ」
祖母の言った弁当という言葉に愛の心は飛び跳ねた。バスの中でお弁当を食べる。なんだかとても特別なことのように思えた。
「盆踊りは?」
「もちろん、今年もあるわ。愛ちゃん背が伸びたから、去年の浴衣のおはしょりを直さないといけないわね」
たくさんの行事に愛の不安はどこかへ飛んでいってしまった。反対に早く夏休みがきたらいいのとさえ思えるようになった。
「うん、愛、おばあちゃんと一緒に夕張に行く」
基子の視線の先に、じっとはしていられない大輔がいた。
「正幸くんも、今は立派な学校の先生をしているでしょう。でもね、幼いころはやんちゃな男の子だったの。お嫁さんの信代さんは毎日がてんてこまいだったのよ。――お盆休みになったら、お父さんとお母さんと大輔が迎えにくるわ、それまでは、おばあちゃんと一緒に寝ましょうね」
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