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「陛下、大臣がお見えになられます」
「通せ」
私が通ったあとに固く閉ざされた口が、また大きく息苦しい音を立てながら、徐々に開いていく。
私以外で今日、初めて悪魔に食べられたのは、王都の治安について担当している大臣だった。
「お久しぶりでございます、陛下」
「ああ、久しいな。要件は何だ」
「本日お伺いしたのは、王都で不可解な事件が起きていることについてでして――」
小さな声でも響くような大きな謁見の間には、等間隔に少し大きめの窓がついている。本来なら、片側から差し込む光の柱がとても美しいのだが、今日は黒い雲が小さな雨音を運んでいるため、光の柱は現れない。
「陛下、きちんと大臣の話を聞いていますでしょうか?」
「聞いている。私を誰だと思っているのだ」
そういえば、大臣の話をこんな風に聞き過ごすことができるようになったのはいつだったか……。
・・・
・・
・
『わかりましたか? シエル様。あなたは次期国王になられるお方です。このような問題も解けないとは――』
私が聞き過ごす、などというようなことができるようになったのは、6歳の頃の勉強の時間ではなかったか。
この時の私は、勉強はできていたが、勉強よりも剣の稽古を優先していた。
『聞いているのですか? このお勉強は将来、国王になられるあなたのために私がしているのです』
『知っている。だから稽古を中止してまでやっているのだろう』
この時の彼女はとても口うるさかった。まだ10にも満たない私に子供では絶対に解けない問題を出してきては、
[将来国王になられるのだからこれぐらいはできてください]
と、何度も言ってきたのだ。
この勉強の時間は、本来ならば稽古の時間だった。
それなのに目の前にいる彼女は、私を有無を言わさず部屋に連れ込み、勉強を強制してきたのだ。
父に頼んで作ってもらった、騎士団の者に教えを請うためのせっかくの機会だったというのに……。
・
・・
・・・
彼女のせいで私は教えを請うことができなかった。今思い出しても、彼女の言動には腹が立つ。
「陛下、しっかりしてください」
「わかっている」
「――ということなのです、陛下。いかが致しましょう?」
「大臣はいつも話が長いな。もっと手短に話すことはできないのか」
大臣は顔を伏せ、弱々しく
「申し訳ありません」
と言った。小さな声でも響くこの部屋だと、弱々しい声でさえも拾い上げ、私の耳に届けてくる。
この部屋にいる限り、私はどんなに小さな声でも聞くことができる。だから聞きたくないつぶやきさえも聞こえてしまう。
小さなつぶやきが聞こえなければ、どれだけ楽になれたであろうか。
「はぁ」
大臣の肩が大げさなほどに震えた。大臣に向けてため息をついたのでは無いのに……。
「要するに、近頃王都で起きている不可解な事件をどうにかして解決できないか。ということだろう」
「そ、そうでございます」
このアムシャル国は大きな城壁で囲まれた、いわゆる[城郭都市]というものだ。出入り口では必ず検問をしているし、城壁も高くて人が登るには相当な体力等がいる。
ほぼ安全とも言えるこの王都で、不可解な事件が起こるのは不思議だ。
大臣はいつもどうしたら解決できるか。と私に問うためにこの場所に訪れる。しかし、大臣は根本の原因を話さない。私が問うまで話そうとしないのだ。これが実に面倒くさい。
だが、不可解な事件というのはこの王都で起こっていることに変わりはない。大臣から詳細を聞くとするか。
「表をあげよ」
「は、はい」
大臣の臆病さには呆れてしまう。私のこの態度はもう周知のはずだ。なぜまだ慣れないのか。
「それで、その不可解な事件というのはどういうものなのだ」
「そ、それがですね――」
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