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「ねぇ」
「は、はい!」
男はその胸で抱けるほどの烈火に陶酔した。
そしてこの胸の内にある激しい鼓動は、美しい女に会ったから熱くなったのだと思っている。
「このビール瓶は、あなたの?」
女は子供を振りながら微笑んで問いかけた。聞いただけで脳は麻痺し、溶けてしまいそうなほどの綺麗な声だった。
そして問いかけた様子が、まるで神聖なる何かが話しかけてきたような雰囲気があった。
男はそれを感じて問いに答えることなく息を呑んだ。
「――ねぇ、このビール瓶はあなたの物?」
女の2度目の問いに男は我に返り、問いに答えるために言葉を紡いだ。
「あ、え、えっと。そうです。さっきまで、飲んでいたので、その、瓶を、持って帰ろうと、思って」
女の目が妖しく光る。だが夢中で気づいていない。
「そうなの? ねぇ、この瓶。もらっても良い?」
胸の烈火が更に激しくなった気がした。妻がいても、目の前にいる女のお願いを断れるはずがない。
「はい! ぜ、全然! 大丈夫です! こんなものでよければ、ですが!」
女は特に反応することもなく、笑っていた。
そしておもむろに持っていた子供の唇に己の唇を――。
「へっ? えぇっ!? ちょ、ちょっと、何してるんですか!?」
女の突然の行動に男はりんごのように赤くさせた。だがあまりにも妖艶な雰囲気に目を動かすことさえできなかった。
「あなた、美味しそうね」
不意に女は、不穏な言葉をその声に乗せた。
その言葉に男は目標を見失ったかのように困惑した。理性が『逃げろ』と警告している。
それでも男の足はその役割を果たさず、体も鉛のように重くて理性でも動かすことは叶わなかった。
「ねぇ、私と踊りましょう?」
「えっ?」
男は疑問に思った。
[今、ここで?]
なぜ踊るのか。なぜ誘うのか。
男はその疑問で女の周りに漂う違和感に気づいた。
男はやっと、理性が警告していた意味を理解した。すぐにその場から離れようと紫色の足を無理やり動かした。
「どこに行くの?」
「そ、その。家に、妻が。待っているので、か、帰らないと――」
男の言葉に女はまた、妖しく嗤う――。
「まだ時間はあるわ。さぁ、一緒に踊り狂いましょう?」
男はその声に、深く魅了された。
「――ぜひ、お願いします」
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