1-1.十一月のふわもこ羊

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1-1.十一月のふわもこ羊

赤い落ち葉を踏みしめながら通学路を歩いていると、空から自転車のベルが聞こえた。 「おはよう、亜美(あみ)ちゃん!」 見上げてみれば、となりの家のおばあちゃんが、自転車で青空に浮いている。 「おはようございます。今日はホウキじゃなくて、自転車なんですねー!」 めいっぱい大きな声を出したわたしに、おばあちゃんも「そうなのよー!」と返してくれた。 「こっちのほうが、安定するのよね。それじゃあ学校、行ってらっしゃい!」 おばあちゃんはハンドルを握りしめると、自転車で遠くへ飛んでいった。 魔法のまの字もないザ・凡人のわたしは、今日ものこのこ歩いて学校へ向かう。 わたしが住んでいる夢咲町(ゆめさきちょう)は、魔法がある町だ。 隣のおばあちゃんみたいに空を飛べちゃう人がいたり、噂によれば、別の世界に行けるって人もいたりするらしい。 でも、魔法を使える人も万能ではなくて、過去に戻ったりとか、人の生死を変えたりとか大掛かりなことはできない。 お店の商品を盗んだりとか、テストのカンニングといった悪いことも不可能だ。 つまり、受験も完全な実力勝負……ゔっ、つらくなってきた。 中学の紺のブレザーが、(なまり)のように重さを増す。 話を魔法に戻そう。 魔法が使えない子たちは、 『わたしにも魔法がほしい! うらやましい!』 とよく言ってるけど、わたしは今のままでじゅうぶんだ。 魔法がなくても、これといったやりたいことがなくても、今日を平穏に過ごせれば大満足。 わたしはうんうんと頷きながら、落ち葉の山にうもれてうめいている羊のぬいぐるみを、さわやかにスルーした。
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