(四)ー1

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(四)ー1

(四) 「そろそろ時間かな」  朱莉が立ち上がり、それに壱誓と華が続く。三人は執務室を出て四課の仏堂に向かった。  仏堂は四課の敷地に入ってすぐにある。正面の大門から本堂に続く参道を仏堂と道場で挟んでおり、道場の中からは隊員たちの稽古している声が聞こえる。  壱誓が仏堂の扉を開ける。朱莉は遠慮なく中に入っていき、壱誓と華も入っていく。中には既に先客がいた。 「お待たせはしてないよね?」 「ああ。こちらも今しがた来た所だ」  朱莉の言葉に反応したのは、妖怪鴉天狗だ。三体が入ってきた朱莉たちと向き合うようにして立っている。  鴉天狗は知能が高く、妖怪の世界でも高位にいる妖怪だ。 「四課って烏天狗と契約してたんですね」 「ああ」  華が横にいる壱誓に耳打ちをした。  妖怪との契約関係とは、お互いの利害一致により、協定を結ぶ事でお互いに利用し合う事を意味する。個人で結ぶ事も出来るが、契約関係を結ぶのは容易な事ではなく、人間側と妖怪側の歩み寄りによってはじめて成立する。そのため団体で契約を結んでいる事が多い。分かりやすいのが、源流名家が妖力を得た際の事。これも契約関係で現在がある。祓魔庁では人間では得られない情報を妖怪から貰うため、特別認定された妖怪とのみ契約関係を各課で結ぶ事が出来る。現在四課では烏天狗と古くから契約関係が続いており、彼らから情報を貰う代わりに彼らの縄張りに踏み入れないという契約を結んでいる。 「見ない顔だ。新人か」 「今年も優秀だよ」 「笠井か」  鴉天狗の一人が華を見る。華の妖力を感知したのだろう。すぐに本家を当てた。祓魔師の存在自体は知能の高い妖怪の中でも有名である。加えて鴉天狗は古くから祓魔庁と交流があるため、他の妖怪より祓魔師に詳しい。 「呪い持ちの千里眼が入ったと…」  別の鴉天狗から和希の話題が出た瞬間、壱誓の隣から舌打ちが聞こえた。大方和希の事が気に食わない華だろう。壱誓はあえてそちらを見ない。 「生憎今日はいないよ。見せ物じゃないんだから、そんな風に言わないで」 「まあ良い。四課におればいずれ会う」  一番序列が高そうな年老いた鴉天狗が後ろの二体を制す。鴉天狗は組織体系がしっかりと組まれている妖怪で数も当然多い。人を襲うことは滅多に無いが、血の気が多く、祓魔師としても敵に回せば厄介な妖怪だ。特別扱いが難しいわけでもないため、普通にしていればとても友好的だ。朱莉が長官になってからは、四課の雰囲気を更に気に入ってくれたようで時々こうして鴉天狗たちから出向いてくれる。 「それに…流石の千手観音の前では慎まねば」  年老いた鴉天狗が自身たちの後ろにそびえ立つ千手観音菩薩像を見上げた。この仏像は奇しくも朱莉の妖力、妖術の元である千手観音だが、彼女が建てたものではない。古くからあるもので、いつぞやの四課長官が朱莉と同じ千手観音の先祖返りで、その人が建てたと伝え聞く。仏像はともかく、意味もなく仏堂自体を建てるわけもない。この仏堂では回収した妖石を浄化し、消化する作業を行う。ここまでを行ってはじめて「祓魔」なのである。討伐任務はあくまでも討伐・退治作業に他ならない。 「まあ、そんな気にしすぎずに、どうぞ」  朱莉が鴉天狗たちを促して、奥に敷いた座布団へ座る。 「急な来訪、どうしたの。長老がわざわざ来るなんて」 「最近暴れとるな」  何が、とまでは言わない。しかしそれが祓魔師の事ではなく、妖怪の異常を説いているのだと、長老と言われた鴉天狗の静かな視線で朱莉は察する。彼女は鋭いそれに動揺するでもなく、平然と見つめ返す。 「そうだね。気になっていたところ。何か知ってそうだね」 「仔細は知らん。我らが領域に穢れが入る。早急にどうにかせえ」 「そんなに多いの」 「妖力が不安定だとこちらからも気付きにくい。対処に遅れが出る」  鴉天狗の言う穢れとは、渦中、異常が見られる妖怪の事。つまり、妖怪を食べた妖怪が自分たちの領域に入ってくる事を良しとしていないらしい。妖怪の中でも高位にいる鴉天狗は純粋な妖怪である事を誇りにしている。本来なら妖力を得た人間である祓魔師も嫌う対象ではあるが、契約関係上割り切っているようだ。領域に踏み入れない約定を取り付けている祓魔師は、その領域内での妖怪討伐はもちろん出来ない。入る際も鴉天狗と一緒でなければ彼らの領域に踏み入れることは出来ない。そんな領域に彼らが穢れと呼ぶ妖怪が多く入ってきている。鴉天狗たちも独自に対処はしているようだが、苦戦しているらしい。妖怪討伐はお前たちの仕事なのだから、領域に入ってくる前に対処をするように、という事か。  長老の言葉は少々上下関係を思わせるようなキツい言い方だが、契約関係はあくまでも対等。朱莉は一切気にせず、むしろ朱莉が敬語を使うような事もなく、話を続ける。 「こっちも実態が掴めなくて苦戦してるんだけどねえ」 「土産だ」  長老が後ろに控えている鴉天狗に合図をすると、朱莉たちの前に中身が詰まった質素な巾着袋が置かれた。袋の口からは中身が少し溢れている。見えるその形でも充分に分かるが、不穏な妖気を放っているソレは妖石であると主張する。よく見ると、通常のサイズと異なり、大きく感じられる。中には混合途中なのか、二又に分かれたモノが見受けられた。土産と言っていたが、要は現状でこれだけ異常な妖怪の動きがあるという事、浄化並びに祓魔しろという事を伝えていた。朱莉は小さく苦笑する。 「長老はさ、こういうの見たことあるの?」 「長官…」  朱莉が妖石の一粒を摘んでいじり出す。それを見た壱誓はおもちゃのように扱うものではないと言うかのように声を掛けるが、朱莉は聞く耳を持たない。  長老もその妖石を見つめる。 「これだけ生きていれば、それくらいのモノ、見た事なぞ、いくらでもある」 「流石」 「気持ち悪い。己の持つ力以上を持ち得ても何もならんというのに」  長老は深くため息を吐いた。長く生きているからこそ、自分が持つ妖力以上の妖力を持つという事が自身の負担になる事を知っているのだろう。 「妖怪を食べる種族は元々がそういう風に出来てるから妖石に変化はないけど。そうじゃない妖怪は妖怪を食べると妖力も大きくなるって知ってるの?」  朱莉の問いかけに長老は静かに首を横に振った。 「情けない話よの。妖怪も人と同じく、力を欲し、その力に溺れる。そそのかれされてしまえばいとも簡単に揺れ動く」 「第三者から影響を受けないとこうはならない、と」 「そそのかされようと、どうするかは自分次第。きっかけは外部だとしても、己の弱さが最終的にそうさせるのも事実」 「我々の種族は妖怪を食物としない。そしてそれは禁忌である。冒せば破門。もしくは処刑だ」  長老の後ろにいる鴉天狗が言った。処刑という言葉を聞いて、朱莉の後ろにいる華が苦い表情をした。  自分たちが妖怪であるから何をしても良いというわけでもない。自分たちで規律を作り、誇り高く生きる。それが他の妖怪たちとは違う、鴉天狗だ。他の妖怪にしても妖怪を食べるという事は可能であっても、根本的に「食べる」という概念が存在しない。だからこそ、第三者から教えられて初めて、妖怪を食べるという行為に至る。 「まあ、それはウチも似たようなものだけどね」  朱莉の言葉はかつての事件を想起させた。だが、すぐに切り替えた朱莉は、ふむ、と顎に手を添えて考える。
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