(五)ー2

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(五)ー2

* 「水虎くん。ドタバタしてしまったんですけど、僕たちはこのへんで帰ります」 「む。もう帰るのか」  虎太郎の言葉に水虎は少し寂しそうにする。容姿が幼い子どものため、それらしく見えるのが面白い。 「今日は倉林さんに無理言って来てもらったんです。また来ますね!」  虎太郎がにこっと和希の方を見た。急に付き合わせてしまった申し訳なさや、任務の事も考えてくれているのだろう。虎太郎も案外しっかりしている。和希も時間自体に余裕はあるものの、妖怪にも遭ってしまったため、もう少しいても良いような気がしていたのだが、虎太郎自身は帰る用意を始めてしまっていた。 「虎太郎」  水虎が虎太郎を呼んだ。水虎は虎太郎に手のひらサイズの小さな袋を渡そうとしている。 「これは?」 「持っていろ」  半ば押し付けるように渡したそれはお守りのようなものだった。虎太郎はしばらくそれを眺めると不思議そうに水虎を見た。水虎はなんて事ないように表情を変えずにいた。 「ただのお守りだ。准とはいえ、念願の祓魔師になったのだ。お前はそそっかしいからな。先程のように襲われた時には役に立つ」  水虎の言葉を、どういった意味なのか理解するまで少し時間がかかっていたのか、しばらくお守りと水虎を交互に見る虎太郎。次第に理解したのか、段々と表情が明るくなる。 「お守り!!ありがとうございます!嬉しいです!…でも、僕、水虎くんにあげられるものがありません…」 「構わぬ。私があげたいと思って渡したのだ。見返りは求めん」  水虎はまた、ふんと鼻を鳴らし、虎太郎を止めた。その様子を見て虎太郎は安心したように頷いた。虎太郎と水虎を見て、和希はなんだか優しい気持ちになった。水虎は本当に虎太郎の事が大切なんだなと。契約関係でない、人間と妖怪の新しい関係に、不穏な気持ちはまだあるが、虎太郎と水虎だから築けるこの友情の存在は素直に嬉しくなる。  帰る準備が完了して、虎太郎と和希の二人は水虎に手を振り、その場を去ろうとした。 「おい、千里眼」  おもむろに水虎が和希を呼んだ。和希は振り返ったが、虎太郎は気付かず、そのまま歩いていく。水虎はそれを気にする事なく、話し続けた。 「虎太郎と仲良くしてやってくれ」  今更何を、とも思ったが、何か意味がありそうだと、和希は水虎の言葉を待つ。 「私は人間が嫌いだが、虎太郎は面白い。あやつに良くしてくれる人間であれば、虎太郎の次に目をかけてやらんことも無い」 「は、はあ…」 「祓魔師で忙しくなればここに来る事も難しくなるだろう。私はあやつの側にいてやれるわけではない。私からすれば虎太郎の妖力の安定なぞ、生まれて半日の赤子も同然だ。妖怪から見れば狙いやすい人間でもある。虎太郎がその辺の小物に負けるわけないが、祓魔師が年間でどれほど命を落とすかくらいは知っている。それに虎太郎を加えたくない」  水虎なりの心配である事は内容を聞いて理解した。不器用だと和希は少し笑ってしまう。  妖力は本来人間が持つはずのない力。それ故に人体に与える影響が大きく、妖力が安定するのは大体五歳頃と言われている。生まれてまもなくして亡くなる事例も少なくない。祓魔師の数が少ないのも、妖力という特殊な力が世間に秘匿である事以上にこういった背景があるためだ。  虎太郎は十二歳。妖力も安定して日も経つが、長命の妖怪からすればまだほんの少ししか日が経っていないのである。大袈裟のようだが、水虎が生きてきた時間を考えれば、心配する気持ちもわからないでもない。  和希は水虎に向かって柔らかく笑った。 「僕もだよ。四課のみんな、そう思ってるんじゃないかな」  そう言う和希の言葉に水虎は少し驚いた様子だった。だがすぐに、ふんと鼻を鳴らす。 「四課…あの女如きが生意気な」  あの女とは朱莉の事。先程からもそうだったが、朱莉と何があったんだ…と思わされるが、深くは聞かないでおこう。  じゃあ、と手を振って和希も歩き出す。先の方で虎太郎が待ってくれていた。水虎はその姿をただ静かに眺めていた。 「友、か…」  千年という長い年月も思い返せばあっという間。気付けば生きていたに近い。そんな水虎からすれば人間の一生など瞬きのような時間。祓魔師として活動を始めれば必然この場所に来る機会も減る。それにこれからの虎太郎の人生の長さを考えても出会う人の数の方が多く、水虎との出会いは過ぎ去っていくものなのかも知れない。次来る、その時がいつになるか、もう来ないのか。その事実が少し寂しくもあるが、水虎はそれでもいいとぼんやり考える。人間と妖怪。本来相容れないはずの自分たちだが、友と呼んでくれる事が、これまでここで一人住んでいた水虎にはただ嬉しかった。  いつになるか分からない「次」を楽しみに、水虎は静かに笑った。
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