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(六)ー1
(六)
翌日。
執務室で虎太郎がにこにこと頭の双葉をぴょこぴょこさせて喜んでいた。朱莉は虎太郎が手に持っている物を見て。声を掛けた。
「虎太郎、ご機嫌だね。それどうしたの」
「水虎くんに貰ったんです!」
見て!と言わんばかりに朱莉の目の前に差し出されたお守り袋。朱莉はそれを見て、ふぅんと小さく呟いた。
「契約したの?」
「違いますよ!」
虎太郎の表情からは嘘が一切ない。朱莉は虎太郎が赤ん坊の頃から知っているからこそ、それは分かっているのだが、ふと、たまたま執務室にいた和希を見た。和希も虎太郎の言葉に嘘が無いと勢いよく何度も頷いた。
「そう。良かったね。大事になさい」
「はい!」
元気良く返事をした虎太郎は鍛錬に行ってきます!と言って執務室を出て行った。
「あの…長官…」
和希が言いにくそうに朱莉に声を掛ける。彼女は、ん?と振り向く。
「水虎くんって…」
「びっくりした?倉林指名した直後にまずいかなって思ったんだけど、虎太郎いるし水虎なら大丈夫かなって。ごめんね」
そうは言うが、大して反省の色は見られない。事実、和希も驚きこそしたものの、それは最初だけで、虎太郎がいてくれたから何とかなっていた節もある。それでも事前に言って欲しかったと心の中で思ったが、後の話なので言わない事にした。ただ、次このような事がある時は言ってもらうようにしておこう。それを朱莉に言うと、彼女は軽く笑った。
「で、どうだった?」
「え?」
「面白い奴だったでしょ」
無愛想な表情を終始浮かべていた水虎のどこを見れば面白いと感じるのか、朱莉の面白いの基準に疑問を抱く。
「えっと、まあ…水虎くんの懐の深さに助けられた、と言いますか…」
当たり障りのない感じで答える。実際水虎の受容的な態度や、対話をする事を知っているという部分にはとても助けられた。知能の高い妖怪だから、虎太郎がいたから、様々な要因は考えられるが、それらが無ければ和希は水虎と話なんて出来なかっただろう。
朱莉は軽く笑った。
「私が長官になる前に任務先に行く途中で遭ったの。千も超える妖怪だっていうのに、子どもじみたところがあって…。ちょうどその頃、虎太郎が三歳くらいだったから面白そうって思って会わせてみたんだよ」
「会わせてみたって…」
長官になる前の隊員が、幼い子どもを、いくら討伐対象じゃないからといって会わせていたなんて…。もし上層部にバレたりしたら、長官就任は取り消しだっただろう。なんて恐ろしい事をするんだと、和希は朱莉の行動に毎度ハラハラさせられている壱誓に少し同情した。
「同じ背格好のくせに物事が分からない虎太郎が面白かったらしくてね。虎太郎も昔からあんな感じだったからすぐに仲良くなって。それから時々会いに行こうってせびられるんだよ。今回は世話かけたね」
「いえ…」
昨日、水虎に会いに行く際、中学生になるまでは一人では行かないようにと言い付けられていると教えてもらった。確かに小学生であそこに一人で行かせるのは危ない。中学生でも早い方じゃないかとも思うが、虎太郎の妖術の実力を加味しての判断なのだろう。
「あの…虎太郎くんと水虎くんの友だちって…」
「友だちなんでしょ」
朱莉は気にも留めない様子で軽く口にした。人間と妖怪が友だち関係であるという疑問を和希が持った事も不思議ではないといった感じだ。
従来なら妖怪と友だちになるなんて考えられない。自分たちにとって妖怪は、全てではないにしろ倒すべき存在で、利用しあう存在。いくら朱莉をはじめとする四課が虎太郎と水虎の関係を認めていても、他の祓魔師や源流名家などはどう考えるだろうか。知られているのだろうか。自分たちがどれくらい虎太郎たちを守ってやれるだろうか。様々な不安が頭の中をよぎる。
「いいんじゃない?トモダチ」
「へ?」
思い詰めたような和希の表情に朱莉は笑う。
「主従関係でも契約関係でもない友人関係。他の誰でもなく、虎太郎だから出来たことだろうし、何より虎太郎が笑ってるし。あの子が幸せならそれでいいよ。やめなさいって言われてやめれるものでもないでしょ、友だちって」
朱莉はそのまま資料をペラペラとめくっていく。
「どこからが友だちか、なんて人それぞれでしょ。時にはそのジャッジ自体が人を苦しめるでしょ。友だちであってもなくても、裏切る奴は裏切る。だから大事なのは、誰が友だちかよりも、自分が人とどういうフレンドシップを築きたいか、じゃないかな。虎太郎は無意識にその辺がしっかり作られてる。だから水虎とも仲良くなれたのかもね」
これを聞いて和希は妙に納得した。ずっと心に引っかかっていたものが取れた気がする。自分たちは祓魔師で友人には妖力の事は話せない。だから付き合う友人を必然選んでしまうし、祓魔師同士のコミュニティでほとんどの事は完結するため、一般人の友だちというのは格段に少ない。それが悪いわけではないのだが、どうしてもそうなる祓魔師が多い中で、虎太郎だけは人との接し方がとても快い気がしていた。子どもだからとも思っていたが、今の言葉を聞いて腑に落ちた。
しかしそれで心配なのはやはり、周りの大人だ。いくら虎太郎がそうであっても、今までの人との接し方に固執してた大人たちはあまり良い顔しないだろう。
「ほ、他の上官とか、佐々木家の人にバレたりとか、諸々は…」
「バレなきゃいいよ」
にこっと笑顔を見せる朱莉。その表情を見て和希はさああっと血の気が引いていく感じがした。長官が口にするには些か無責任な気もする言葉だが、朱莉の事だ。その責任を持った上での発言であるとすぐに分かる。それでも驚いてしまう。
朱莉は柔らかな笑顔からニヤリとした怪しい笑顔になる。
「バレたって害があるわけじゃないし、頑固ジジイどもの狐につままれた顔が拝めるだけだよ」
「は、はあ」
頑固ジジイが単に祓魔庁の上層部を指しているのではなく、源流名家も含めた祓魔師の中にも存在する、昔のやり方に固執する人たちの事を指すのだろうが、具体的に誰のことを指すかまでは分からない。
「徳爺もいるし大丈夫。害があると判断した時はーーー退治すればいい」
先程の柔らかい表情とは打って変わって口元から笑みが消えた。朱莉は時々恐ろしく思えるほど冷たい雰囲気を出す。和希は時々見るこの表情をとても恐ろしく感じた。何をどうやっても、朱莉も祓魔師なのだ。
朱莉は突然パン!と手を打った。
「よし、壱誓。任務前に下にみんな集めて」
「はい」
執務室で作業をしていた壱誓が返事をして、アナウンス用のマイクへと向かって行った。下とは、本堂の一階の事。フロア全体が開けた場所になっている。四課の隊員たちが余裕を持って全員入れる広さだ。たまに全体共有すべき情報などがあればそこで伝えられたりなど、集会場所的な目的で使われる。今の様子だと、これから集会が開かれるようだ。
どこか覚悟を決めたような朱莉の表情に和希までも緊張してしまう。
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