(六)ー2

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(六)ー2

*  任務前の昼間という事もあり、大勢が集まっていた。中央階段から朱莉と壱誓が降りてくる。二人は階段の途中で足を止めた。 「みんないるー?」  間延びした、相変わらず威厳のない声色。しかし聞きやすい大きさのお陰で何人かが朱莉の方を見た。 「何人か調査任務でいねえけど、大体いるよ」 「お嬢、珍しいじゃん。集合掛けるなんて」 「まあね。みんなにちょっと気合い入れてもらいたくて」  その言葉が聞こえたのか、騒がしかったその場が突然静まり返った。和希はその異様な状況に、前に戸山たちから聞いた事を思い出した。  朱莉は采配が得意で、人の適材適所を見抜く。そのため仕事の割り振りであったり、頼み事のほとんどはやり甲斐がある上で無理のない範囲のもの。そのような頼み方をする朱莉が「気合いを入れろ」と言う時は、それが任務に関わるなら尚更、本当の意味で気合いを入れなければいけない。つまりただ事ではないという事だ。朱莉本人はちょっとと言うが、ちょっとどころではないと思った方が良いと注意も付け加えられた。  最近の妖怪の異常について話すのだろうが、集合させてまで何を言うのか、和希は少し怖くなってしまった。  朱莉はいつも通りの柔和な雰囲気を纏い、にこやかだ。場が静かになったのを見て、壱誓が口を開く。 「先日より気付いてるかも知れないが、妖怪に異変が起きている。捕食妖怪以外の妖怪が異種の妖怪を捕食したり、捕食妖怪の中でも同種を捕食して、妖石の大きさが通常の倍以上になっている事例が多くなっている」  壱誓が資料を見ながら隊員に伝える。隊員たちはひたすら黙って話を聞いている。そこにはいつもの和気藹々とした雰囲気の四課はいない。四課のたった三つの厳しい規則を守り、多くの妖怪を退治して、今まで残ってきた実力者たちの目つきだ。 「人間への被害報告はまだ出ていないのが救いだが、妖力が自身のキャパシティを超えてくると、その妖力を入れる肉体を求めて、人間を襲う事がこれから増える可能性がある」  和希の脳裏にこの前、妖怪が同種を食べた瞬間の映像が浮かんだ。先程まで仲間だった妖怪すらも喰らう獰猛さ。あれが人間を襲い出すと思うと、ただひたすらに恐怖が湧き上がる。 「鴉天狗の領域にも影響が出ているとの報告を受けた。任務で近辺に赴く際は見回りも行ってくれ」 「妖怪の具体的な対策は?」 「今のところ妖力強化しか変化が見られないため、見た目では分かりづらい。通常レベル以上の強さである事を念頭に任務に当たってもらうしかない。今回のような事態に陥っているのは初めてではあるが、落ち着いて対処してもらえば問題はない。任務人数での対処が不可能と判断した場合、通常通り応援を要請してくれ。原因については調査中だ」 「その原因なんだけどね…」  おもむろに朱莉が口を開いた。壱誓の眉が少しピクリと動く。 「長官…」 「隠す事でもないでしょ。遅かれ早かれ言うんだから…調査中だからはっきりとは分かってないんだけど」  壱誓の制止を朱莉はにこやかにかわし、話を続ける。場はさらに張り詰めた空気感に包まれた。和希も思わず固唾を飲み込む。 「誰かがこれを故意に起こしてるみたいでね。そこは間違いじゃないんだけど、それが誰なのかが分からないのよ。知能の高い妖怪だとは思うんだけどね。ただ、ある可能性がどうしても捨てきれなくて」  その場に朱莉の声だけが響く。一瞬、和希は朱莉と目が合った気がした。 「祓魔庁より特別討伐指定されている妖怪、指名手配中の倉林雅久の関係を疑っている」  突然出た兄の名前に和希は少し肩を震わした。その場も騒然とする。数名だろうが、和希に目線をやったりもした。 「五年前の事件から姿をくらまして、祓魔庁もそれなりに探していたけど、全く音沙汰なかったじゃない?それが最近、近辺で奴に似た目撃情報が上がっているの。この事件との関係性はまだはっきりしてないけど、指名手配の妖怪が近辺にいるなら、こちらとしては放っておけない。どちらにせよ、倉林雅久の警戒も怠らないように」  先日の蛇腹女の件といい、今四課にある情報のほとんどが雅久に繋がるものであるが、妖怪の異常とどう関係しているか、関係していたとしてその理由は何なのか、動機が分からない以上、事件との関連性の決定に至るものではない。だからこそ壱誓は雅久についてはまだ明言するつもりはなかった。しかし雅久が関連していても、いなくても、祓魔庁の指名手配である以上、雅久を討伐しなければいけないと考えているのが朱莉。その相違こそあったが、隊員たちの目つきを見れば、彼らに対して何かを心配する必要はなかったみたいだ。 「お嬢の事だ。本当なら即討伐の倉林雅久から話が聞きたいんだろ」 「話が早くて助かるよ。でも無理はしないでね。奴は元々妖力が大きい。妖怪を食べてさらに強力になっている事を考えれば、発見したら対峙せずにすぐに長官格に応援を要請して」 「流石にそこは無茶しねえよ」 「お嬢も無茶すんなよ」  ようやくいつもの四課の雰囲気を取り戻すかのように隊員たちが朱莉に声を掛ける。 「みんなには苦労をかけるね」 「仕事だよ。これくらいなんて事ねえ」 「任せとけ」 「今度美味しいもの買ってくるよ」  頼りになる隊員たちに朱莉は思わず笑顔になった。和希はこういったやり取りを見る度に朱莉と隊員たちの信頼関係が良いなと感じる。 「倉林。明日、執務室に顔出して」  朱莉が和希を呼ぶ。話があるという事だろう。大方、雅久の事であると予想が出来る。他の隊員もそう思ったのか、多くの隊員が和希を見た。仕方ないとは分かっているが、居心地の良いものではない。突如、肩にぽん、と手が置かれた。振り返ると戸山や白石、三崎、天道など多くの隊員が元気づけるかのように明るい表情を和希に向けていた。 「大丈夫。心配してんなよ」  居心地の悪いと思われた空気だったが、どうやら杞憂だったらしい。和希は先輩たちの慰めにぎこちなく笑い返して、小さく頭を下げた。ふと、朱莉を見ると、彼女も優しく微笑んでくれていた。今すぐの呼び出しでないだけ、彼女の優しさかも知れない。  これから何が起こるのか、不安でたまらない気持ちを和希は深呼吸で押し込めた。
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